フランス・フットボール通信BACK NUMBER
イラクのサッカー界は復活したか?
“負けたら拷問”時代からの復興。
text by
クエンタン・ミュレールQueentin Muller
photograph bySebastian Castelier
posted2018/03/01 17:00
フセイン家の支配下で投獄され、拷問されたシャラル・ハイダルは、イラクサッカー界の復活に取り組んでいるが……。
新時代の悩みは、サッカーを巡る「不正」。
「政治」と「安全」の問題以外に、今日のイラクサッカーが直面しているのは、まだ十分に根づいていない民主主義のカオスの中から発生した、サッカーというスポーツビジネスを巡る「不正」の問題である。
「人々は新しい体制に慣れていないから、どうやって意思表示をしたらいいのかわからずにいる」とバシム・カジムは言う。
アルラシッドFCの会長も兼務するシャラル・ハイダルのもとには、クラブで働きたいコーチやプレーを望む選手が頻繁に訪れる。彼らの中にはそもそもライセンスを持たなかったり、これまでサッカーとはまったく関わりがなかった者までいる始末だ。
「拒絶しようものなら、その担当者が脅迫を受けたりする。殺すと脅されることもよくある。自警団を送り込んで、どこまでもお前につきまとうぞと言われたこともあるよ」
そうした危険にもかかわらず、彼はボディガードを雇い入れるのを頑なに拒否している。ハイダルによれば今日、イラクリーグでプレーする選手の約20%が、脅迫や不正によりその地位を得ているという。
「負けたときの拷問を別にすれば……」
バグダッドの北東にあるくたびれた人工芝グラウンドで、かつての有名選手たちが最近逝去した仲間のために記念試合をおこなった。
57歳のシャキル・マフムードはかつてのスター選手であり、現在は代表のアシスタントコーチを務めている。
彼は「フセイン一族が支配していた時代の方が、実はイラクサッカーはずっと良かった」と告白する。
同じく元代表のエナド・アベドも同意見である。
「負けたときに加えられる拷問を別にすれば、罰を受けるのはチームにとって悪いことばかりではなかった。少なくとも私たちはユニフォームに誇りを持っていたし、監督に敬意を抱いて国のために戦った。そしてイラクをある高みにまで導いた。今は代表に値しない選手がたくさんいるだろう」