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甲子園に溢れる「右左」の選手たち。
イチローが10年前に作った“流れ”。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byHideki Sugiyama
posted2014/08/25 10:30
プロ志望を公言している健大高崎の脇本直人。足で注目されたチームにあって、その圧倒的なパワーは異彩を放っていた。
イチローの全盛期に小学校2年生だった球児たち。
なぜ、ここまで右投げ左打ちが増えているのだろうか? 長崎県の指導者の話が参考になる。
「明らかにイチローの影響です。いまの高校生が小学生で野球を始めたころ、ちょうどイチローがマリナーズで大活躍していたんです。左打者は1塁ベースに近い、そうしたプラス面が注目されたし、能力の高い子ほど、左打ちに転向しても器用にこなしたんでしょう」
今年の高校3年生は、1996年か1997年生まれ。イチローがシーズン262安打のメジャー記録を達成したのは2004年のことだから(アメリカの野球データサイトによれば、この年がキャリアの絶頂だったという)、小学校2年生の時の出来事である。
たしかにこの時期から左打ちに転向すれば、すんなり馴染むことが出来たのだろう。
つまり今年の甲子園は、10年前の出来事が時を経て現実に影響を及ぼしていることを示しているのだ。
見直される「右右」のパワーヒッターの価値。
ただし、このトレンドによって失ったものもあるのではないか、と関係者はいう。
「右投げ右打ちの純粋なパワーヒッターが少なくなってしまいました」
仮説ではあるが、能力の高い選手が「右右」から「右左」に転向した場合、ヒットの数は増えるかもしれないが、その分、パワーが犠牲になり、本塁打が少なくなっている可能性があるのだ。
もう一度、純粋な「右右」の価値を見直すタイミングかもしれない。学校によっては「右右」のパワーヒッターのニーズが高まっているのである。
それに、スイッチヒッターという選択肢もある。日本ではスイッチヒッターでなおかつパワーヒッターという選手がいないので、なかなかチャレンジする選手、指導者がいない(このあたりがメジャーとの違い)。
2014年、メジャーリーグで活躍する日本人野手は、イチロー、青木宣親、川崎宗則と3人とも「右左」だ。
運動能力の高い選手が、左打ちに早い段階から転向する例はこれからも一定の数に達するだろう。しかし、ナチュラルな強みをもう一度、吟味するのも悪くはないと思う。
「右左」の選手たちの躍動は美しいが、ひとつのトレンドを形成しているとなると、なにか一石を投じたくなってしまった。