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【金20、銀12、銅13】チームジャパンが「海外開催五輪史上最高」45個のメダルを獲得するまで…「100年前のパリ五輪はひとつだけ」その銅メダルとは?
開会式翌日の7月27日、柔道男子60kg級・永山竜樹の準々決勝で“事件”は起きた。袖車を試みるフランシスコ・ガリゴスが主審の「待て」の後も力を緩めず、永山は失神。ガリゴスの勝利が宣告された。永山は「完全に待てと聞こえた」と畳に残って抗議するも判定は覆らなかった。割り切れない思いを飲み込んで銅メダルを確保した後、「踏ん張っていたところで待ての声が聞こえて、そこで自分が気を抜いてしまった。そのちょっとの隙が負けに繋がった」と自分を責めた。相手のガリゴスにはSNS上で誹謗中傷が殺到。永山が和解の写真を投稿するなど尾を引く事態に。今大会の審判にまつわる話題の端緒はここにあった。
28日のスケートボード女子ストリートは10代日本勢による金メダル争いとなった。トレードマークであるロングヘアの毛先を金色にして臨んだのが東北高1年の15歳、赤間凛音。昨年8月の国際大会では練習中に骨盤と鎖骨が折れる大ケガを負いながらも国内の激しい争いを勝ち抜き、この日も代名詞であるバーレーグラインドを決めて前半のランは首位。だが、普段から仲のいい1歳年下の吉沢恋にベストトリックで逆転を許した。再逆転を狙った大技は決まらず「五輪でメダルを獲るのは夢だったのでうれしい。だけど金メダルを獲りたかった悔しさもあります」。4年後もまだ19歳。チャンスは絶対にある。
「初老ジャパン」が馬術で92年ぶりのメダル獲得。
10代女子が輝いた翌日、おじさんたちも頑張った。誰が呼んだか初老ジャパン。実は本人たちが言い始めたものらしい。戸本一真、大岩義明、北島隆三、田中利幸。平均年齢41.5歳の馬術日本代表は29日、ベルサイユ宮殿が会場となった総合馬術団体で閉ざされていた歴史の扉をこじ開けた。2種目目のクロスカントリーまで終えて3位。最終日の障害馬術は北島の馬が馬体検査をクリアできず20点減点で5位からのスタートとなった。ここで北島に代わった田中がきっちり役割を果たし、2番手の戸本が「田中に勇気づけられた」と続くと、5大会連続出場の大岩が締めくくって3位に。'18年から同じメンバーで戦い続け、本場欧州に滞在して経験を重ねてきた4人。馬術での日本のメダル獲得は1932年ロサンゼルス大会で個人金メダルを獲り、のちに硫黄島で戦禍に散った「バロン西」こと西竹一以来92年ぶり。表彰式では耳の下にメダルをつけてもらった愛馬にまたがって入場。田中は「馬にはありがとうと伝えた。英国に帰ったらリンゴやニンジンをあげたい」とご褒美を約束した。馬にとってはそっちの方がメダルよりもよさそうだ。
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