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【独占インタビュー】「自分への挑戦だった」堀米雄斗が明かす“最後の一本”への思い…“スケボー禁止”の張り紙前で「撮影」を提案した意図とは?

2024/08/17
パリ五輪で2連覇を達成した堀米雄斗
メダル圏外で迎えたラストトリック。その時、五輪初代王者の目にはライバルは映らなかった。落選寸前で掴んだ舞台で大技を決めた時、胸に去来していたものとは――。彼が育った公園でその思いに迫った。(原題:[五輪連覇インタビュー]堀米雄斗「最後の一本は自分への挑戦」)

 東京五輪王者の“苦戦”にハラハラドキドキしていたのは、周りで見ているファンだけだった。泣いても笑ってもラストトライ。直前にジャガー・イートンが大技を決め、自身は7位まで後退しているというのに、堀米雄斗は別のことを考えていた。

「最後のトライは緊張より集中の方が強かったから、誰が決めたとかもあまり関係なかったです。もちろん接戦だったら点数を見ていたと思いますけど、もう一切、点数も計算してませんでした」

 ノーズを弾き、回転し、テールがレールをとらえ、完璧に着地。最後の最後で堀米は感情を爆発させ、大きく吠えた。97.08という大会最高得点をマークする奇跡の大逆転で、金メダルを獲得した。

「金メダルを取るのに96.99が必要というのも知らなかったですね。もう無理なのかなと思っていましたから。点数よりはトリックの方にすごく集中していました。3本目くらいまではナイジャ・ヒューストンもジャガーも調子が良かったから、そのときの方が緊張してましたね」

 五輪連覇を果たした堀米は「地獄のような3年間でした」と振り返った。

 東京五輪以降に採点ルールが変更されたことも堀米を苦しめた要因のひとつだった。東京ではランとベストトリックから4つのベストスコアが採用されたのに対し、パリ五輪の出場権をかけた予選シリーズではランの得点がひとつ、そしてベストトリックの得点がふたつ。ランの得点がより重視される新しいルールは、ベストトリックを得意とする堀米にとって不利なものだった。上海大会ではまさかの予選落ち。パリへの切符は絶望的とも思われた。

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photograph by Takuya Sugiyama

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