腹の底から「連覇」とは口に出していなかった。
「あのときは誰もが“連覇するぞ!”と勇ましいことを言っていたんだけど、後から振り返ってみれば、腹の底から口に出している感じがしなかったんだよね……」
阪神タイガース初となる日本一に輝いた翌年3月、1986年の春の日を振り返って、池田親興は小さく笑った。
「球団創設から50年間一度も日本一になったことがないチームが、爆発的人気と熱狂の中で日本一になった。突然、化学変化が起きたようなものだけど、この強さが本物か誰もわからないまま、何となく“連覇するぞ!”と言っていた。でも、心から“これから黄金時代を築いて行くんだ!”という思いは、選手たちも、そして球団もなかったと思うな」
ランディ・バース、掛布雅之、そして岡田彰布らによる超強力打線でチーム初の日本一に輝いた'85年。カーネル・サンダース像が道頓堀の奥底に沈んだ狂乱の一夜を経て、猛虎フィーバーが冷めやらぬ翌'86年の開幕投手を託されたのが、プロ3年目を迎えていた池田だった。
「プロ2年目の'85年に開幕投手を任されて、その年の日本シリーズ初戦でもマウンドに立ちました。そして連覇がかかった'86年も開幕投手に指名されました。この年は、投手陣の中心としてみんなを引っ張っていかなければいけない。そんな思いで気を引き締めて開幕を迎えました」
'85年はバントの際に指を骨折して二軍落ちを経験したが、チームは日本一に輝いた。「今年こそはフル回転して、球団史上初の連覇に貢献したい」と意気込んでいた池田は開幕戦こそ不運な安打で落としたものの、その後は3連勝を飾り、自らが目指す「エース」の座に着実に近づいていた。
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