接戦の末、38年ぶりの栄冠で幕を閉じた日本シリーズ。その分水嶺となったのが、第5戦8回の攻防だった。一気呵成の逆転劇の背景には、主役たちの不屈の闘志と、指揮官が戦前から蒔いていた種の萌芽があった。
オリックスの陣形が静かに崩れていた。2勝2敗で迎えた日本シリーズの第5戦。プレーボールの30分ほど前、甲子園で配布されたB4の紙1枚を手に取った記者たちがざわめいた。2日後の第6戦で先発するはずのエース山本由伸にベンチ入りを示す「〇」がついていたのである。
この試合は3時間28分の熱戦の末、阪神が逆転勝ちした。オリックスにとっては痛すぎる一敗になったが、山本がマウンドに立つことはなかった。ベンチ入りの意図を問われた中嶋聡監督はぶっきらぼうに言う。
「ダメですか。入れちゃダメですか」
これ以上の質問を拒むような低い声で、話題はそのまま、本拠地の京セラドーム大阪での週末の2試合に移っていった。
リリーフ陣を束ねる投手コーチの厚澤和幸は、山本が第6戦先発で9回1失点完投勝利を挙げた夜、こう明かした。
「おととい(第5戦)の時点で、先発が5回で降りた場合、リリーフが1枚足りなかった。禁じ手かもしれないけど、次の試合を見て、という余裕がなかった。由伸に、そういう話をしたら非常に前向きに『どこでもいきます』と応えてくれました」
第5戦の試合前、オリックスはさまざまなケースを想定していた。先発の田嶋大樹は10月19日のクライマックスシリーズ(CS)のロッテ戦で先発し、5回まで好投したが、6回に突然、乱れて3点を失っている。そういう経緯も「由伸ベンチ入り」に繋がった。
首脳陣は水面下で動いていた。
山本が救援登板すれば'18年以来、5年ぶりになる。その場合、先発陣の出番が変わるため、宮城大弥には事前に伝えた。
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photograph by Hideki Sugiyama