ついに、歴史が動いた。32年前、陸上・男子400mで高野進が打ち立てた偉大なる日本記録を更新した。怪我に苦しみ、前年には引退も考えたスプリンターはなぜ壁を突破できたのか。緻密な走りの中身に迫る。
今年9月の全日本実業団陸上、自身の出番を翌日に控えた佐藤拳太郎の姿が長良川競技場のスタンドにあった。佐藤が見守っていたのは、競歩の松永大介の引退レースだった。
「富士通の同期入社がほとんど引退してしまって、現役を続けているのは私と松永の2人だけだったんです。学生時代から彼はトップアスリートであり、種目は違いますが、尊敬できる選手の1人でした。その選手が目の前で歩いていて、それが最後のレースなんだって思ったら自然と涙が出てきました。最初は我慢していたんですけど」
松永のラストウォークを見届けた佐藤は、涙を堪えることができなかった。
実は、佐藤自身も昨シーズンに引退を考えたことがあった。2021年の東京オリンピックが終わってから左のアキレス腱周囲炎が悪化し、昨年の日本選手権では初出場以来、初めて予選敗退に終わっていた。
「以前のように走ることができないのではないか。年齢的にも限界なのかもしれないっていうことが頭をよぎりました」
下を向きそうになった時、佐藤のモチベーションとなったのが松永の存在だった。なかなか勝てずに苦しんだ時期を経て、松永は昨年の世界選手権オレゴン大会に2大会ぶりに出場。35km競歩で26位という成績だったものの、号砲直後から大逃げに打って出て、観る者の度肝を抜いた。そんな松永の復活劇に佐藤は刺激を受けた。
「松永のことは戦友だと思っています。彼は常に私の前を歩いていて、“彼に追いつけるように”っていう気持ちで競技をやってきました」
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photograph by PHOTO KISHIMOTO