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「打たれたら僕のせいだから」“考える捕手”中村悠平を育てた福井商『炎と燃えよ』<恩師評「20年に一人のキャッチャー」>

2023/08/06
WBCではチーム最多4試合で先発マスクを被り、初めてバッテリーを組む投手陣の変化球を受け止め、世界一のウイニングボールもそのミットに収めた。捕手としての礎を築いた、師の教えを振り返る。

 その日、私は、侍ジャパンの捕手の動きにばかり、目を奪われていた。

 WBC決勝。

 アメリカ代表の強打者たちが、入れ代わり立ち代わり打席に入っていく。

 しかし、私の目は、彼らの後ろで、まるで気配を消すようにしてしゃがみ込む中村悠平捕手の一挙手一投足に、吸い寄せられたままだった。

 戸郷翔征、高橋宏斗、ダルビッシュ有に大谷翔平。彼らが投じる140km台の速く、鋭く変化する高速スライダーや高速フォークの猛烈なショートバウンドを、中村は、当たり前のように、涼しい顔で、ミットの中に吸収していった。

 そして、3対2の日本1点リードで迎えた9回表だ。

 ストッパー大谷翔平投ずる140kmの真横に吹っ飛ぶような「スイーパー」に、マイク・トラウトのバットが空を切って、侍ジャパンの優勝が決した。その瞬間、ウイニングボールを持っていたのも、中村だった。

 すごいキャッチャーになったもんだなぁ……高校時代の彼を知る者として、日本でテレビ中継を見ながら一人で勝手に心震わせていた。

 こうなったから言うわけではないが、福井商業高校の中村悠平は、私がいちばん好きな捕手だった。

 中村の同学年には、東総工業の杉山翔大(元中日)、木更津総合の地引雄貴(現東京ガス)など、いわゆるプロ注目の捕手は何人かいたが、その中でも「最もいい匂いのする捕手」が中村だった。

 中村は高校生にして、自分のことだけでなく投手の「お世話」ができたのだ。

 試合中、マウンドの投手に声をかけるという所作ひとつにしても、自らマウンドまで出向く時と、バッテリー間の真ん中あたりから声をかける時と、ホームベースから声をかける時を、状況によって使い分けていた。投手は繊細な生き物なので、打たれた直後に捕手にマウンドまで来られると「俺がダメなヤツに見えるだろ」と嫌がることもある。そんな投手心理まで、中村には見えているように映った。このキャッチャーと話がしてみたいと思い、福井商まで取材に出掛けたこともある。

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photograph by Shintaro Yoshimatsu

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