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「阪神には歴史はあっても伝統がない」故・小林繁が生前に語った“巨人-阪神論”とは「この球団では勝てない。だから僕は引退した」

posted2026/08/16 11:01

 
「阪神には歴史はあっても伝統がない」故・小林繁が生前に語った“巨人-阪神論”とは「この球団では勝てない。だから僕は引退した」<Number Web> photograph by Bungeishunju

阪神に移籍し、抜群の成績を残していた小林だが、いくら奮闘しても優勝には届かなかった。阪神、巨人を舌鋒鋭く斬った生前の肉声を紹介する

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元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

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「江川トレード事件」、「西武ライオンズ誕生」、「箕島高春夏連覇」、「江夏の21球」……このすべてが起きたのが1979年である。今にして思えば、日本野球界の新たな勢力図の兆し、そしてスポーツ文化の変容の萌芽がこの年に見えていたとも言える。1980年『Number』創刊の前年、日本野球界の地殻変動を関係者への取材で振り返る大型連載! 江川の巨人入団のためトレードされた小林繁。生前の彼が語っていた貴重な肉声を紹介する。〈連載『日本野球1979』第11回「江川トレード編」/はじめから読む

 1979(昭和54)年4月10日、阪神タイガースの本拠地である甲子園球場で読売ジャイアンツ戦が行われた。

 阪神先発は小林繁。本調子とは言えない状態だったが、巨人打線に12本のヒット(本塁打1)を許しながらも、7回3分の1、139球を投げて4対3で競り勝ち、小林は勝利投手になった。試合後に小林は「みんなが僕に勝たせてくれた。本当ならとっくに崩れていたでしょう」と語った。

対巨人戦8連勝の闘志

 古巣相手に闘志を燃やす小林は、ドン・ブレイザー監督に巨人戦中心に登板することを直訴したと言われている。

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 5月3日、後楽園球場での巨人戦に先発登板して4対3で勝ち、巨人相手に早くも2勝目を挙げた。その後も巨人に対して5月22日に甲子園球場で完投勝利、6月1日には後楽園球場で149球を投げてまた完投勝ちしている。6月22日にも、甲子園球場で完封勝ちをおさめた。

 ファン投票1位で出場したオールスターゲームを終えても、小林の快進撃は続く。7月27日、甲子園球場で7対0で完封勝ち、8月15日に後楽園球場でまた完封勝利をおさめた。9月5日、甲子園球場でも13対5で大勝して、対巨人戦の連勝を8まで伸ばした。

 小林の移籍1年目の成績は、37試合に登板し、22勝9敗1セーブ、防御率2.89。273回3分の2を投げて、200個の三振を奪った。

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