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江川卓とのトレードで「阪神に入って涙が出た」23年前に生前の小林繁が語っていたこと…「巨人を出されたのが、不思議でしょうがないよ」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byBungeishunju
posted2026/08/16 11:00
江川卓とのトレードで阪神に移籍した小林は驚異的な成績を収めたが、自分では移籍と両チームのことをどう考えていたのか?
「不思議でしょうがないよ。僕自身が巨人を出されたことが」
あの江川とのトレードについて聞いても、口ごもることは一切なかった。任侠映画が好きだという小林はそれを例に出しながら話した。
「あの時は『なんでうちの親分はそんなことをするんだよ』と思ったね。僕のトレードは、多摩川のコーチ会議で『やめましょう』となったんだけど、球団の上の人が決めた」
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小林が言う親分とは、巨人を率いていた長嶋茂雄監督だ。
「長嶋さんがいる監督・コーチ会議で『小林を出すのはやめよう』となったにもかかわらず、上がやっちゃうわけだから」
阪神に入って涙が出た
小林の思いは当時の巨人ファン、プロ野球ファンと重なるものだったはずだ。
「あれが、巨人魂の消失の始まりですよ。『巨人軍は常に強くあれ』『巨人軍は常に紳士たれ』と言ってきたのに、ルールを破ってああやっちゃったから。自分の親分が、言ってることと違うことをやったら、選手は『俺たちは何のために体張ってるの?』と思うでしょ」
阪神に移籍して開幕から勝ち続けた小林だが、移籍した直後のことをこう語った。
「阪神に入って涙が出た。劇的に巨人と違っていたから」
巨人が創設されたのが1934年12月、阪神は翌年12月に誕生している。プロ野球の創成期から現在まで90年以上にわたって熱い戦いを繰り広げてきた宿敵だ。しかし、リーグ優勝、日本一の回数では大きく差が開いている。
小林のプロ初登板は1973年、V9(リーグ9連覇、9年連続日本一)の最後の年だ。
「チームとしての意識の持ち方が全然違った。V9の終わり頃なんて、戦力は他球団と拮抗していて、楽に勝てる状態ではなかったですよ。1月はじめに多摩川のクラブハウスに降りる時に『今年もまたしんどい1年が始まるな』と思ったけど、その時には『11月まで野球をやる』という意識が入っている。日本シリーズが意識の中にあるから」
1964年を最後に優勝から遠ざかっていた阪神は違っていた。

