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マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
「見てくださいよ、藤浪の走り…」藤浪晋太郎がDeNA戦力外に…ベテラン記者が振り返る「天才の衝撃」それでも元スカウトが“懸念”を抱いたワケは?
posted2026/10/02 17:00
DeNAを戦力外になった藤浪晋太郎。甲子園での春夏連覇をはじめ、常に世代のトップを走り続けた選手でもある
text by

安倍昌彦Masahiko Abe
photograph by
JIJI PRESS
《横浜DeNA・藤浪晋太郎投手が、チームから戦力外通告》
その報道は、大阪桐蔭高当時からプロに進んでからの数年間、 快投ぶりを目の当たりにしてきた者にとって、少なからぬショックを伴って聞こえてきた。
今を盛りと活躍を続ける同級生・大谷翔平選手の存在と、ついつい比べてしまうせいもあるかも知れないが、それにしても藤浪投手のその当時は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
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大阪桐蔭高3年春のセンバツが、まず忘れられない。
5試合勝ち上がって優勝するのだが、初戦で花巻東高・大谷翔平投手に本塁打を打たれたり、光星学院高(現・八戸学院光星高)との決勝戦でも、その年のドラフトで1位・藤浪、2位・北條の「ワン・ツー」で阪神に進むことになる北條史也遊撃手や、やはりプロ入りする田村龍弘捕手(千葉ロッテ)に合わせて5安打を食らったり、結構ポチポチ打たれはしていた。
だが、驚いたのは、毎試合ほぼ完投しながらいつも当たり前みたいな顔をして150キロ台を繰り返し、繰り返し投げ続けたことだった。
大谷翔平以上の「怪物」評価だった高校時代
当時から身長195cm、3年生になる直前の実質2年生の「超」の付く大型投手が150キロ台をコンスタントに投げる。そんな事実は前代未聞。
体作りもまだ途上のはずなのに、センバツの後にこの「反動」が来なければよいがと心配ばかりしていたら、次の「夏」がもっと凄かったから、この時点では大谷翔平以上の「怪物」のように見えていた。
夏の甲子園での藤浪投手は、センバツ同様勝ち上がっていく中でヒットすらなかなか打たれず、その代わりに三振を取りまくった。準決勝、決勝を連続完封する無双の快投で、春夏連覇の偉業につなげてみせた。

