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「想像と違うな…」上野裕一郎監督は“速くない選手”をどう教えたか? 立教大“箱根駅伝への道”の意外なスタート「僕は監督が来てくれて幸せでした」
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佐藤俊Shun Sato
photograph byAFLO
posted2026/01/23 17:01
立教大はいかに箱根予選会突破を成し遂げたのか? 日本トップの上野裕一郎監督の就任で部員は戦々恐々としていたが……
「上野さんはたぶん、自身も厳しいのが好きじゃないんだと思います。ある程度、自由度を持たせて指導していきたいというスタンスだったので、最初に想像した、ガチガチにやらせる感じではぜんぜんなかったです」
一緒に走って教えるという指導
上野監督は、選手たちの自主性と自立を重んじ、個別対応で練習を進めていった。そうしたなか、結果が出始めたことに斎藤は喜びを感じていた。
「監督が12月に来て、それから練習量が増えましたし、質の高い練習ができるようになったんです。僕は高3の1年間まったく走らずに入学していたので、体を戻すのにかなり時間がかかりましたが、体も高校生の時ぐらいに絞れてきて、上野さんの練習がうまくハマった感がありました。
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何が良かったかというと、一緒に走ってくれるので、ひとつの目標として追いかけやすかったですし、上野さんについていけば記録が出るので、それはすごく大きかったと思います」
一流の現役選手の実力を保っている上野は、一緒に走ることで部員たちの目標となり、刺激を与えた。また、並走しながら修正点、課題点を伝え、改善していくという、上野ならではの指導スタイルを確立していった。そのおかげで選手の競技力が上がり、選手の上野監督への信頼度は増していった。斎藤もやめることはほとんど頭に浮かばなくなり、いろいろなことを前向きに考えられるようになっていった。
コミュニケーション能力がすごい
「上野さんがすごいなと思ったのは、コミュニケーション能力です。チームには監督ひとりだけでコーチがいないので、上野さんが全部見ないといけない。練習のメニューも、上位の選手から下位、怪我人まで組み立てるので、上位の選手だけではなく、全員とコミュニケーションを取らないといけない。それに、他大学の監督と比較して若いのでフランクに話しやすい。その2つの軸が大きかったと思います」(斎藤)
コミュニケーションがいかに大事か。一方通行ではなく、常に選手の話を聞きながらの指導は時間もかかり、指導者にとっては大変だ。だが本来、指導とは頭ごなしでうまくできるものではない。それまで指導経験がない中、上野は一番大切なことをすぐに理解し、貫いていった。そのおかげで大きな衝突も起こらず、チーム力は着実に積み重なっていった。
栗本は、チームが円滑に運営されていたのには、増田駿主将が果たした役割も大きいと感じていた。

