箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「学生生活を楽しむつもりだったのに」のどかな部活に突然、箱根駅伝出場めざして日本トップ監督が…立教大「箱根への道」はこうして始まった
posted2026/01/23 17:00
102回大会は20位に終わったものの、4年連続で予選を突破した立教大。その箱根への道はいかにはじまったのか、当時のメンバーが語った
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph by
Yuki Suenaga
第102回箱根駅伝、立教大は総合20位に終わった。
「箱根にはね返された」と厳しい表情を見せた髙林祐介監督だが、チームは第99回大会から4大会連続して本選に出場。目標はもはや出場からシード権獲得になっている。これから先、どのように成長し上位校に対峙していくのか、期待が膨らむ存在といえるだろう。
そんな今のチームの礎となるスタートが切られたのは、2018年12月だった。
寝耳に水だった“箱根プロジェクト”
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すべては、ひとりの監督の招聘から始まった。
「その話を聞いた時は、若干迷いつつも、うれしいって感じでした」
当時3年生だった栗本一輝は、陸上部長距離の監督に上野裕一郎が就任すると知って、そう思った。
立教大は「立教箱根駅伝2024」事業と称し、創立150周年となる2024年の第100回大会での箱根駅伝出場を目指すプロジェクトを立ち上げた。そこで監督に招聘されたのが現役実業団選手の上野だった。
しかし、箱根を目指す、という陸上部の方向転換は、部員たちにとっては寝耳に水の話だった。当時の立教大陸上部は「陸上を楽しもう」という選手が多くを占め、箱根を目標にするようなシリアスな雰囲気はなかった。
「全日本予選会や箱根予選会に出るんですけど、本選出場は100%無理でした。目標は予選突破ではなくて、箱根予選会で立大記録を更新しましょうというレベルで、しかもそのプロセスもグダグダなんです。
一応、前大会の反省をして、翌年の春には5000mで14分台を何人出そう、そのためにはこういう練習をしようとプロセスを描くんですけど、何も進まない。青学大の選手が聞いたら笑うようなことしかしていないのに、口だけは言うみたいな感じで、めちゃくちゃ甘かったですね」

