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「なんかフワッとしていた」打倒・青学大という巨大な目標…箱根駅伝・2019年の東海大「正直、勝てるとは…」からの“唯一のプラン”とは?
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佐藤俊Shun Sato
photograph byJIJI PRESS
posted2026/01/21 11:03
チーム力を上げ、打倒青学大が見えてきた東海大。しかし“黄金世代”の一員である中島怜利は、まだそれを明確にイメージできていなかった
「意識としては、みんな、青学に勝てるチャンスがある、実力的にも勝てるだろうというのがあったと思います。でも、なんかそれがフワッとしている感じなんですよ。
東海には、駅伝に勝つためにみんなでまとまって練習して、設定のレースに出て、選考会をやって、速い選手が選ばれる……みたいな、王道的な駅伝チームの流れというのがなかったんです」
黄金世代の一人、中島怜利はそう回想する。
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その頃の東海大は、夏までは個人種目に注力していた。館澤のように1500mを主戦場にする選手もいれば、3000m障害に集中する阪口のような選手もいた。館澤と中島が同じレースに出て5000mや10000mを競う、というようなことはなかった。
距離走やポイント練習もメニューが違う。チームメイトとして横並びで練習する機会は朝ジョグくらいで、11月末の箱根駅伝に向けての合宿までほとんどなかったという。
「そういう意味では、他の大学と比べるとちょっと異質なやり方だったかなと。実際、個人種目に取り組んでいる間は箱根の話は出ないですし、ミーティングで意識をすり合わせすることもなかったです。
箱根のシーズンが始まるまでは、インカレ優勝を目指しますとか、世界大会に出ますとか、そういう発言が多くて、それはそれでいいと思っていました。箱根までは個人の集まりみたいなチーム状態で、箱根をどう戦うか、というイメージがつかない感じでした」(中島)
故障者続出で外れる目論見
当時は「スピードの東海」と呼ばれていたくらいで、夏合宿もスピード強化をめざす部分が大きく、走り込みは決して多くはなかった。だがこの年は、箱根対策として例年よりも距離を増やし、アップダウンの多い場所を走った。
それが裏目に出てか、怪我人が増え、キャプテンの湊谷も故障のためリハビリ組に入った。そんなチーム状況を引きずったまま突入した出雲駅伝は3位に終わり、連覇も「5冠」も実現しなかった。さらに全日本も2位。残すは箱根駅伝だけになった。


