甲子園の風BACK NUMBER
「荒れた男子校」負のイメージ消えず…甲子園出場も“閉校決定”「校舎も建て替えて…潰れる学校に見えなかった」東大阪大柏原37歳監督が明かすウラ側
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柳川悠二Yuji Yanagawa
photograph byYuji Yanagawa
posted2026/01/15 11:00
高校野球の激戦区・大阪大会を制して昨夏の甲子園出場を果たした東大阪大柏原
「荒れた男子校」イメージの苦悩
まだ柏原高校の校名だった時代は興國、此花学院と共に「K」のイニシャルから大阪私学の「3K」とひとくくりにされ、府内における荒れた男子校の象徴のように位置づけられていた。そうした負のイメージを払拭すべく、此花学院は1995年に共学化し、2013年には大阪偕星学園と名称を変更。興國はアスリートアドバンスコースを設置してサッカーや野球、駅伝に力を入れて強化し、いまでは一学年22クラスのマンモス校となっている。
一方で、東大阪大柏原は校名変更等の学校改革も実を結ばず、少子化の波が押し寄せ苦しい運営が続き、さらには大阪府が導入した高校の授業料無償化もまた同校にとっては向かい風となった。というのも、年間63万円までの授業料は国と府が負担するものの、世帯年収が目安800万円以内の場合、それを超える分に関しては学校が負担しなければならない。それが足枷となり、人材や設備に投資できない状況が生まれてしまうのだ。無論、それは東大阪大柏原ばかりが直面する問題ではないものの、同校は昨年度、1学年300人の定員に対し、入学者は半数以下となる125人だった。土井監督が続ける。
「3Kと呼ばれた時代の高校生がちょうど現在の親世代となり、かつてのイメージから抜け出せないからその子どもたちが入学を希望してくれない。理事長からはっきりと本心を聞いたわけではないですが、3Kのイメージを払拭するためにも柏原をなくして敬愛に一本化することを決断されたのではないでしょうか」
なぜ甲子園出場直後に決まった?
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しかし、なぜ甲子園に出場したタイミングでの閉校決定だったのだろうか。
「甲子園に出場できたから、理事長も決断を思い切れたのかなとも思うんです。(柏原を閉校して)一度縮小し、統合後、拡大していく。決して、後ろ向きではないと思います」
元プロ野球選手である土井監督を招聘し、大阪桐蔭や履正社に次ぐ第2勢力ともいえるところまで強化を進めてきた野球部は今後、どうなってしまうのか。土井監督が声をかけ、4月の入学を心待ちにしている球児だっているはずだ。土井監督が学校の閉校と野球部の今後について明かした――。
〈つづく〉

