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悲願の甲子園出場→4カ月後にまさかの「閉校報道」…東大阪大柏原監督が振り返る“狂騒曲の全内幕”「自分は暗くなることはなかったです」

posted2026/01/13 06:01

 
悲願の甲子園出場→4カ月後にまさかの「閉校報道」…東大阪大柏原監督が振り返る“狂騒曲の全内幕”「自分は暗くなることはなかったです」<Number Web> photograph by Fumi Sawai

東大阪大柏原高校の野球部を率いる土井健大監督。閉校後は系列の東大阪大敬愛高校で野球部監督を務める予定だ

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沢井史

沢井史Fumi Sawai

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 昨夏、激戦区大阪代表として甲子園に出場した東大阪大柏原高校の野球部。ところがその歓喜からわずか数カ月後、突然「閉校」のニュースが報じられたのだ。果たしてその一報を殊勲の野球部監督はどんな風に受け止めていたのか。本人の胸の内を聞いた。《NumberWebインタビュー全2回の2回目/最初から読む》

「学校がなくなったとしても僕の意見を聞こうとしてくれていて、何かを期待してもらっているのかなと思って。でも、その時に僕は理事長に『逆にどう思ってはるんですか?』って聞き返しました。なぜ僕にそんな風に聞いてくれたのかなって」

 2027年度から生徒募集の停止が決まった東大阪大柏原高校。昨夏の甲子園にも出場した野球部監督の土井健大は、理事長からの「どう思っている?」という直球な疑問にそんな風に答えたという。

「『(系列校の東大阪大)敬愛高校には野球部がないので、野球部を創部して僕がそこで監督になって、土井君が支えていって欲しい』と言われました。そういうお考えであれば、自分は『その期待に添えるように頑張りたい』と言いました。学校が潰れるからあと3年で辞めてくれと言われたら、『じゃあ来年はこうします、ああします』という流れになっていたかもしれません。でも、学校は潰れても(柏原の野球部を引き継ぐ形で)敬愛高校で野球部を1から作り直して欲しいという話だったので、『任せてください』とは言いました」

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 ただ、12月にニュースが流れた頃は、やはり閉校というネガティブな印象が強かった。

 だが、その一報が流れて数日後に筆者は土井監督と電話で話す機会があったが、電話での土井監督の声色は最後まで明るく、ネガティブな印象は感じなかった。

閉校の報にも…「暗くなることはなかったです」

「閉校と言われても自分は暗くなることはなかったです。自分を呼んでいただいた恩が柏原にありましたし、(敬愛での)話をいただいて、是非やらせて欲しいと思いましたから。まぁ、これから(移行に向けて)やっていくことは色々とありますが」

 東大阪大敬愛高校は柏原高校のある柏原市から北に数キロの東大阪市にある。

 柏原高校のグラウンドは校内にあるが、敬愛高校には学校のキャパシティーの問題で野球部のグラウンドを校内に確保するのは難しく、練習環境をどれだけ整備できるかが現時点で未定だという。野球部が所属するスポーツコースのカリキュラムをどうしていくかなども含め、受け入れ体勢についてはこれからすり合わせていくことになる。

【次ページ】 4年間のプロ生活で「学んだこと」

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