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悲願の甲子園出場→4カ月後にまさかの「閉校報道」…東大阪大柏原監督が振り返る“狂騒曲の全内幕”「自分は暗くなることはなかったです」 

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沢井史

沢井史Fumi Sawai

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posted2026/01/13 06:01

悲願の甲子園出場→4カ月後にまさかの「閉校報道」…東大阪大柏原監督が振り返る“狂騒曲の全内幕”「自分は暗くなることはなかったです」<Number Web> photograph by Fumi Sawai

東大阪大柏原高校の野球部を率いる土井健大監督。閉校後は系列の東大阪大敬愛高校で野球部監督を務める予定だ

 11年まで現役を続け、12年から巨人でブルペン捕手を務めていたが13年に巨人を退団。14年はミキハウスREDSで現役復帰し、15年からは社会人軟式野球の強豪・大阪シティ信用金庫でプレーした。14年末より学生野球資格回復に向けた講習を受講し15年1月に日本学生野球協会から資格回復の認定を受けていた。

 17年のシーズンまで現役を続け、大阪シティ信用金庫を退職。子供への指導を夢見ていたとはいえ引退を控えた頃は今後の具体的な話はなく、生活に不安を覚え結婚したばかりの妻に相談すると、その妻に言われた言葉も土井の背中を押した。

「『あんたは今まで野球しかやってきていないし子供も好きやし、生徒を集めて野球を教えてあげるのはいいんちゃう』って言われて。じゃあどうしようかと思っていた時に東大阪大柏原でのコーチの話が来たんですね」

大阪府のライバル・大阪桐蔭への想いは?

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 17年12月に東大阪大柏原のコーチに就任し、翌年の10月から監督となった。履正社で大阪を戦ってきた土井としてみれば、慣れ親しんだ地に戻ってきたという形になる。

「自分が育ってきた環境に立って(自身の高校時代のように)人として大事なことを教えるのも大事。その上で自分がプロでも学んできた野球を、子供にまた違う角度から教えられるのはすごく楽しいですね」

 その中で同じ大阪のライバルでもある大阪桐蔭の存在はやはり特別だ。現役時代も何度も対戦した大阪桐蔭。監督になってからは、当時から変わらない西谷浩一監督の一挙一動に目を凝らし続けてきた。

「選手の時は西谷(浩一)監督のことも“選手”として見ていた感覚がありました。僕の頃は1年下に中田翔(元日本ハム、中日)がいて、その下に浅村栄斗(楽天)がいて、まぁ強かったですよ。その中に西谷監督がベンチにいる、という感じで見ていました」

 だが、指導者になってからは「西谷さんがいるから選手もこんな風に動いていたのか」と監督目線でライバルを見るようになったという。

「選手だった時は良い選手がいるから(大阪桐蔭は)勝っていると思っていましたけれど、監督になってからは西谷監督のもとでプレーする選手たちの成長度合いがすごく分かるんです。選手の時って、3年間という期間だけ、しかも大会で自分たちが勝ち上がった時しか大阪桐蔭を見ることがないじゃないですか。でも監督になって今までの8年間を見ても、大会だったらここで当たる可能性があるからどんな対策をしてくるか、ピッチャーはどうなるかもそうですし、西谷さんのベンチでの立ち振る舞いも含めて色々な部分は目で追ってしまいますね」

【次ページ】 捕手が安定している大阪桐蔭は「太刀打ちできない」

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