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「箱根駅伝のMVPも大したことないな」金栗四三杯の重み、実業団での苦悩…「サンショーがなければ終わっていた」篠藤淳“伝説の区間記録”が破られた日
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杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byMasayuki Sugizono
posted2026/01/08 11:12
2008年の箱根駅伝で金栗四三杯を手にした篠藤淳。当時打ち立てた9区の区間記録は14年間破られなかった
14年保持した“伝説の区間記録”が破られた日
納得いくまで走り続けた陸上人生だった。2021年9月に現役を退いた4カ月後、この日を待っていたかのように、またひと区切りがつく。2022年1月3日、3児の父でもある篠藤は小学生の娘にせがまれ、昼からチェーン店のしゃぶしゃぶ屋へ。家族で和気あいあいと肉を食べながら、毎年のようにテレビの前で楽しみに見ている箱根駅伝はスマートフォンのテキスト速報で食事の合間に何となくチェックしていた。すると、中学校時代の友人からLINEのメッセージが入った。
「シノの区間記録、ついに更新されたな」
青山学院大の中村唯翔が強いのは知っていた。
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「あの数年前から厚底シューズが浸透してきていたし、そろそろだな、と思っていたんです。いつ抜かれてもおかしくないなって。むしろ、なんで抜かれないのか、不思議なくらいでした」
1時間08分01秒から1時間07分15秒へ、14年ぶりの記録更新だった。思い返せば、実業団の2年目までは1月3日の朝から祈るような思いでテレビにかじりついていた。9区の区間記録が更新されれば、自分が自分でなくなる気がしていたのだ。
「ただの人になってしまうって。なんか、怖かったんです。実業団でも少しずつ結果を出すようになり、その思いもなくなりましたけどね」
しみじみ話す言葉には実感がこもった。そして、レコードが塗り換えられた1年半後。2023年の夏に偶然、合宿地の北海道で元青学大の中村(現SGホールディングス)と居合わせ、“9区談義”に花を咲かせた。
現在、篠藤は山陽特殊製鋼の監督を務めており、後進の育成に力を入れている。理想の指導者像は、中央学院大の川崎勇二監督。世界の舞台で活躍する選手を育てていきたいという。いまは区間タイム保持者として名前は残っていないが、偉業の価値は薄れていない。学生時代に日本選手権の3000m障害で優勝し、箱根の金栗四三杯を手にしたのは、歴代でも篠藤ただ一人だけである。

