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「原晋が名前を呼び上げて…」青学大“箱根駅伝メンバー漏れ”が通告される瞬間「悔しさをぶつけるように…」寮生活の気になる実情は?

posted2025/01/24 11:02

 
「原晋が名前を呼び上げて…」青学大“箱根駅伝メンバー漏れ”が通告される瞬間「悔しさをぶつけるように…」寮生活の気になる実情は?<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

青学大を率いる原晋監督(写真は2025年)

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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Nanae Suzuki

今や箱根駅伝の常勝軍団となった青山学院大。その伝説がはじまった“初優勝”は10年前、2015年のことだった。選手を諦め、主務としてチームを支えた高木聖也が見た青学大の実情。第2回は「寮生活のリアル」編。初出:『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(文春文庫、2015年12月刊)。肩書はすべて当時のもの(全3回の第2回)

 秋になった。

 10月に入って、青学大の仕上がりは好調で駅伝初戦となる出雲駅伝にも手応えを感じていた。ライバルは青学大とともに「三強」を形成する駒澤大に東洋大。そして3、4年生に有力選手を多く抱える明治大が優勝候補と見られた。

出雲駅伝が中止に…その時、原晋は?

 前日に発表された区間エントリーは次の布陣である。

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1区 小椋裕介(三年)
2区 川崎友輝(四年)
3区 一色恭志(二年)
4区 久保田和真(三年)
5区 藤川拓也(四年)
6区 神野大地(三年)

 しかし、台風19号が出雲を直撃した。史上初めて、出雲駅伝が中止となった。

「あと6時間くらい、前後にずれていれば出来たのにね」と原が嘆き、走りたかった選手たちは悶々とした。原はすぐさま雨の上がった午後に、20キロ走の練習を行い、気持ちを切り替えさせていた。

 出雲駅伝が中止になったことで、どんな影響があったと思うか、高木は後になって原からこんな話を聞いた。

「もしも出雲で優勝していたら、その後の展開はずいぶんと違っただろうね。出雲に勝ったらそのまま全日本も勝って、そうしたら箱根で負けていたかもしれない。分からないけどね」

 出雲が走れなかったことで、仕上がりにやや遅れが出た。特に怪我で出遅れていた久保田は一度レースを走っておけば、グンと上向きになるはずだった。

原晋「勝ちに行く方が楽しいよね?」

 11月2日に行われた全日本では1区が14.6キロ、2区が13.2キロで他の区間に比べて長く、チームの流れを作るという意味でも重要な区間だ。特に、最近の駅伝では序盤での遅れが命取りになりかねないことが多く、各大学ともエース級を投入する。

 青学大の1区は成長著しい一色。しかし、一色はここで駒大の村山謙太に力負けしてしまい、6位でタスキをつなぐ。2区では久保田が区間3位。もしも、出雲を走っていれば、よりスピードが出ていたかもしれない。それでも6区で川崎が好走して2位へと順位を上げ、駒大には届かないにしても過去最高の順位でゴールする可能性は十分にあった。最終8区では神野が明大の大六野秀畝(だいろくの・しゅうほ)にゴール直前で抜かれて総合3位となった。

 優勝は駒大、2位が明治。青学大が続き、ライバルと目された東洋大は4位に終わった。レース後に原は選手を前にしてこう語った。

【次ページ】 主務が聞いた“原晋のつぶやき”

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