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「箱根駅伝のMVPも大したことないな」金栗四三杯の重み、実業団での苦悩…「サンショーがなければ終わっていた」篠藤淳“伝説の区間記録”が破られた日
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杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byMasayuki Sugizono
posted2026/01/08 11:12
2008年の箱根駅伝で金栗四三杯を手にした篠藤淳。当時打ち立てた9区の区間記録は14年間破られなかった
三浦龍司の衝撃「さっきまでにそこにおったやん…」
そして迎えた、2014年6月の日本選手権。日本代表選考会を兼ねた大一番で会心の走りを見せる。湿った雨が落ちる福島で先頭を引っ張ったのは、中央学院大の後輩・潰滝大記(現富士通)。篠藤が仕掛けたのはラスト1周の鐘が鳴ってからだ。ぐんぐんとペースアップし、ラストは力強いスパートで誰よりも速くフィニッシュ。3000m障害で8年ぶりの優勝を飾った。
大学3年時は想定外の勝利に驚いたが、この日は狙い通りのレース展開だった。かつて箱根駅伝のために辞退したアジア競技大会にも出場し、4位入賞。充実のシーズンを過ごす29歳の前で、もう誰も金栗四三杯について触れなくなっていた。
「振り返れば、駅伝とサンショーの両方で目標を定め、取り組んでいるときは良い結果が出ていました。僕にはこの組み合わせが合っていたのかなって。駅伝にフォーカスしていなかった時期は崩れてしまったので。入社したばかりの頃は自分本位になっていたかもしれないです。考え方が甘かった。実業団ではやっぱり会社の代表として駅伝を走らないと。サンショーだけやって飯は食えませんから」
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2015年以降はニューイヤー駅伝への出場は叶わなかったが、2019年までは関西実業団対抗駅伝で走り続け、その後も36歳まで3000m障害で真剣勝負に挑んだ。現役ラストイヤーの2021年5月には東京オリンピックのテスト大会で、18年ぶりに日本記録(当時)を更新した19歳の三浦龍司(現スバル)とも競い合う。国立競技場のトラックで衝撃を覚えたことをいまでもよく記憶している。
「僕がハードルを跳び終えてぱっと前を見たら、だいぶ先にいるんですよ。さっきまでにそこにおったやんって。本当にすごい選手が出てきたな、と思いました。彼は箱根駅伝を走りながら世界と戦い、その後も世界陸上、五輪でも活躍しています。日本でのサンショーの知名度をぐっと上げてくれたと思います」

