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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「江川卓、来てほしくねえな」ドラフト“江川事件”に巨人選手「ボケ、カス、アホンダラ」…国民が激怒した江川発言「興奮しないで」切り取られた真実
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byKYODO
posted2025/10/25 11:02
1979年1月7日、阪神との契約交渉に臨む江川卓。巨人へのトレードを前提とした交渉は一時、暗礁に乗り上げた
一方、阪神にトレードされた小林の株は一気に上がった。深夜0時18分からの記者会見で「請われて行く以上、同情はいりません」と悔しさを見せずに淡々と話す姿が、世の野球ファンの心を揺さぶったのだ。
小林繁とCMで共演「しんどかったよな」
かつての同僚であり、気心が知れた先輩後輩の間柄である中畑清は、江川の本質についてゆっくりと語り始める。
「入団した経緯が特殊すぎるだけに、周囲に気を遣いすぎるくらい遣っていた。本来お茶目なやつなのに、どこか心に鍵をかけているというのか……。小林さんの人生を変えてしまったことを、いまだに引きずっていたのも『黄桜』のCMを見て初めてわかった」
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中畑のいう『黄桜』のCMとは、2007年に博報堂が制作したものだ。事前打ち合わせなしのぶっつけ本番で収録された同CMでは、小林と江川が再会し、“和解”をテーマに酒を酌み交わした。「申し訳ありませんでした」と頭を下げる江川に対し、小林が「謝ることないじゃん」と応じて、グラスを合わせる――オフショットを含めても決して長い時間のやりとりではなかったが、二人の思い、気持ちが十分に伝わってくる邂逅だった。
日本プロ野球史に汚点を残した47年前の「空白の一日」とは一体、何だったのだろうか。
政界人や法曹界の人間が野球協約の抜け穴を探し出し、口車に乗せられた巨人は法的正当性を盾に世間を騒がせた。だが、野球協約は“法律”ではない。杓子定規にはいかないことも、世間の大きな反発を招くことも、読売新聞を親会社に持つ巨人にはわかっていたはずだ。
いつの時代も、愚行の尻拭いをさせられるのは現場の人間である。「空白の一日」の最大の被害者は江川卓であり、小林繁だった。2010年に亡くなった小林が『黄桜』のCMで口にした「しんどかったよな。俺もしんどかった」という言葉は、紛れもない本心だろう。そして江川も、心の深奥に頑丈な鍵をかけてしまった。プロ野球史上最高とも称された才能が失われなかったことだけが、不幸中の幸いだった。
両者を知る中畑は後悔をにじませる。
「小林さんの『しんどかったよな』の言葉を聞いて、もっと早くそういう時間を作ってあげるべきだったと思ったよ。江川ひとりが抱え込んで苦しむことではなかった。だって何も悪くないんだから」
そう言って、しばらくの間、中畑はじっと下を見つめていた――。
<前編とあわせてお読みください>


