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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「江川卓、来てほしくねえな」ドラフト“江川事件”に巨人選手「ボケ、カス、アホンダラ」…国民が激怒した江川発言「興奮しないで」切り取られた真実
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byKYODO
posted2025/10/25 11:02
1979年1月7日、阪神との契約交渉に臨む江川卓。巨人へのトレードを前提とした交渉は一時、暗礁に乗り上げた
「来てほしくねえな」巨人選手も“江川憎し”に
一方、巨人内では変化があった。江川と阪神の交渉決裂が報じられるたびに、「なんだ、あいつは」「来てほしくねえな」と世間と同じように江川に対する悪感情が一気に噴出したのだ。連日トレード要員として新聞紙上に名前が上がる選手たちにとっては、まな板の鯉状態。日に日に“江川憎し”のボルテージが高まっていく。
78年、ヤクルトを球団史上初の日本一に導いた巨人OBの広岡達朗は当時の騒動をこう見る。
「自分の意思で自分の将来を決められないような立場の男を入団させると、将来に禍根を残すことになると当時話した覚えがある。実際、大正力(正力松太郎)時代の社長の品川(主計)さんがいたらあんなことになってないし、正力亨は周りに担がれてやってしまったんだろう。江川自身はいいヤツなんだが、周りにいる大人たちが悪かった」
国民の怒りを買った「興奮しないで」発言の真実
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すったもんだの挙句、巨人はエースの小林繁をトレード要員として放出し、ようやく江川の入団が決まった。しかし、この入団会見で江川はさらに世間を刺激してしまった。
会見が始まる前に、新聞記者から「自分さえよければいいのか!」「ふざけるな!」などと怒号が発せられる。それに江川が「興奮しないでやってくださいね、興奮しないで。冷静にやりましょう」と応じた部分が切り取られて映像として流れたのだ。江川の冷淡な表情と言葉のトーンが癪に障ったのか、国民はさらに怒りを募らせた。この時代に流行語大賞があれば間違いなく「興奮しないで」が大賞を獲ったであろうと思えるほど、江川の一挙手一投足はメディアの格好のネタとなっていた。
江川のひとつ年少ながら巨人への入団時期では1年先輩にあたる角盈男が、当時の様子を語ってくれた。
「同じ釜の飯を食ったエースの小林さんが誰かのわがままによって追い出されたんで、そりゃみんなが怒って当然。江川さんが入団する前に皆が集められて、こっちの気も知らずに社長だか代表だかが『江川がエースになれるように盛り立ててくれ』とか言うんです。みんなカチーンときて、ホリ(堀内恒夫)さん筆頭に総スカン。『俺が入団したときそんなこと言ってくれたかよ』『ライバルなのになんで俺らがエースにせなあかんのや!』『ボケ、カス、アホンダラ』。そんな雰囲気でしたよ」
世間ではルールを無視して強引にわがままを押し通すことを表す、「江川る」という流行語も生まれた。こうして、怪物投手は過去に類を見ない“ダーティーヒーロー”になった。

