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野ボール横丁BACK NUMBER
巨人関係者「君をドラフト2位で指名する」発言も…まさかの“阪神入団”、北條史也のパニック「わけわからん…」「藤浪晋太郎と一緒か」ドラフトウラ話
text by

中村計Kei Nakamura
photograph bySankei Shimbun
posted2025/10/16 11:26
2012年ドラフト会議で、阪神からドラフト1位指名を受けた藤浪晋太郎(右)、2位指名の北條史也
「甲子園では、2試合続けていいピッチングはできないというジンクスがあるんよ。そうなったら、うちにもチャンスはある」
確かにこの日は「いいピッチング」ではなかった。藤浪は「さらにいいピッチング」を披露したのだ。
光星学院打線は甲子園に入ってからは田村、北條を中心に好調を維持していた。準々決勝では、初戦で1試合22奪三振という大会記録を打ち立てた難攻不落の左腕、桐光学院(神奈川)の松井裕樹からも終盤に一気に3点を奪い、攻略していた。
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しかし、決勝の藤浪はその光星学院打線をもってしてもまるで歯が立たなかった。
北條は第1打席、2ストライクと追い込まれてからの落差の小さいフォークボールを見逃してしまい、三振を喫する。第2打席は外に逃げる変化球になんとかついていき、いい当たりのセンターライナーを放った。ところが第3打席で心をへし折られてしまう。
「アウトローの真っ直ぐをファウルで粘っていたんですけど、最後、そこからスライダーを投げられて、『ああ、無理だ』と思いました。ボールが消えたので。春とはコントロールがぜんぜん違いましたね。アウトコースにドンって真っ直ぐきたかと思ったら、(同じ軌道で)そこから曲げることもできる」
第4打席は当てるのが精一杯で、セカンドフライに終わった。
この日の光星学院は藤浪から2安打しか記録することができず、0-3の完封負けを喫した。1本は内野安打、もう1本は田村のセンター前ヒットだった。
北條に「藤浪は別格でしたか?」と改めて問うと、質問の言葉をトレースした。
「別格です」
仲井は不本意ながらも「予言」が的中する結果となり、こう苦笑するしかなかった。
「手も足も出んかったな」
同世代で仙台育英のキャプテンを務めていた小杉勇太が、こんな話をしていたことがある。
「どっちかというと、僕は『藤浪世代』という方がしっくりきます。春夏連覇の投手なので、藤浪の方が格的には上でしたから」
今や大谷世代という言い方が定着しているが、この頃は、藤浪世代、あるいは藤浪・大谷世代という呼び方の方が市民権を得ていたのも当然だった。
まさか…阪神2位指名のウラ側
北條と藤浪は不思議な縁で結ばれていた。
そもそも北條は大阪桐蔭に強い憧れを抱いていた。
「中2の時に、浅村(栄斗=楽天)さんの代が全国制覇して。テレビで観てて、めちゃめちゃ憧れていました。めっちゃ行きたかったですね」
大阪桐蔭の監督である西谷浩一は北條と田村がいた頃の大阪狭山の試合に足繁く通っている。北條は自己アピールに余念がなかった。
「高校野球の監督は打ってから一塁までのタイムも計っていると聞いていたので、西谷さんが来ているときはめちゃめちゃ一生懸命走りました」
だが最終的に大阪桐蔭からの誘いの声が北條のもとに届くことはなく、熱心に誘ってくれた光星学院への入学を田村とともに決めたのだった。
憧れのチームは倒すべき相手に変わった。そして高校野球における最高の舞台、甲子園の決勝で藤浪を擁する大阪桐蔭と二度までも相まみえることになる。


