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「この瞬間を生きたい」6年ぶり王座奪還のマルク・マルケスが引退危機やロッシとの確執を乗り越え、復活に涙した本当の理由
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遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2025/10/01 17:02
6年ぶりの戴冠を果たし、優勝トロフィーを愛おしげに抱きしめるマルケス
強すぎて「面白くないシーズン」と言われ続けたが、現在の技術規則はマシンの差をなくして競り合いを増やし、ひとりでも多くのライダーにチャンスを与える厳しい内容。その中でマルクが残してきた数字はグランプリ史上最強最高のライダーたる証左と言える。そして今回のタイトル獲得は、マルクとロッシファンとの間で10年続いてきた諍いに決着をつけたのではないかと思う。
諍いのきっかけとなった事件は、ロッシとホルヘ・ロレンソがタイトル争いをしていた15年シーズン終盤のマレーシアGPで起きた。このレースでロッシは自分の走行の邪魔をしたとして走行中のマルクを蹴って転倒させた。俗に言う「キック事件」が勃発したのだ。
長きにわたる確執のきっかけ
この年、タイトル獲得のチャンスとみたロッシはマルクを潰しにかかっていた。アルゼンチンGPでは先行するロッシが急激にスローダウンし、それを避けようとしたマルケスは転倒。このレースを皮切りにロッシはマルケスへの対決姿勢を強烈に打ち出し、マルクいじめはコース上だけでなく、絶大な人気を後ろ盾にファンを巻き込んでエスカレートしていく。ロッシの地元イタリアで開催されるイタリアGPやサンマリノGPでは、マルクに浴びせられるファンの容赦ないブーイングがつい最近まで続いていた。
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ロッシはすでに引退しているが、彼の母国メーカーにあたるドゥカティで史上最高のシーズンを戦うマルクに対し、ロッシファンも速さと強さを認めざるを得ないはずだ。
強くて速く、何よりもレースが好き。特別な才能を持つマルクがコース上の戦いで非難されることは少なく、そのひとつは異常なまでの車幅感覚に対してのものだ。あまりにも近すぎることから抜かれたライダーが驚くというもので、こればっかりは天賦の才としか言いようがない。
もうひとつは、ホンダ低迷時代にライバルのスリップを多用したこと。少しでも予選のポジションを上げようとしてのことだったが、あまりのしつこさにライバルたちは嫌悪感を示した。しかし、マルクのコース上のバトルは常にクリーンであり、普段のマルクは誰がうしろについても気にする素振りを見せない。

