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「長嶋さん、見事な引き際です」長嶋茂雄監督、ラストゲーム当日…巨人軍定宿「ホテル竹園芦屋」従業員に明かした秘話「たみちゃん、これは美学なんだよ」 

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村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

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photograph byTadashi Hosoda

posted2025/08/01 11:07

「長嶋さん、見事な引き際です」長嶋茂雄監督、ラストゲーム当日…巨人軍定宿「ホテル竹園芦屋」従業員に明かした秘話「たみちゃん、これは美学なんだよ」<Number Web> photograph by Tadashi Hosoda

巨人軍の定宿「ホテル竹園芦屋」に長嶋茂雄監督は“最後の試合”の帽子を残していった

 翌日の天気予報は雨。和田家のベランダには3人の子どもたちが作ったてるてる坊主が6つぶら下げられていた。

「うーん、雨がやんでよかったね。降ったら何日も後になるから」

「こんなにきれいな引き際は見たことない」

 12時15分に大阪空港へ降り立った長嶋はそう言って笑顔を見せると、タクシーに乗り込む。巨人軍定宿の『ホテル竹園芦屋』の前にはすでに200人以上のファンが集結。選手の荷物出しなどの雑用を務める経理の福本吉宗(現代表取締役社長)は、緊張の面持ちで長嶋の到着を待っていた。

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「長嶋さんが監督だった9年間は、みんなが幸せでした。長嶋さんがいると、館内だけじゃなく、芦屋の駅前一帯が幸せな空気に満たされるんです。あの日は竹園の歴史のなかでも、最大瞬間風速のもっとも強い日でした。ギャラリーの数もいつもより多くなるはずだから警察に警備を依頼するべきと上司には伝えていましたが、通常通りの警備体制のまま。人はどんどん増えて、どうなるのか不安がありましたね」

 到着した長嶋を、従業員の梅田雄一が必死に守りながら先導する。客室担当は長嶋と40年以上親交のある雄一の母、多美子が長年務めてきた。その日も、部屋で定番の穴子寿司と稲庭うどんの昼食を取る長嶋に、最後の給仕をしながら多美子は言った。

「長嶋さん、見事な引き際です。こんなにきれいな引き際は見たことがありません」

 長嶋はニコッと笑いながら返す。

「たみちゃん、一番うれしいことを言ってくれるね。これは、美学なんだよ」

 妙にサバサバとしていた。巨人に対して未練は何もない、おそらく以前から決めていたことなのだ。多美子はそう感じていた。

 14時50分。3階の宴会場での最後のミーティングは、いつも通り最後に長嶋が「さぁ、行こう!」と声を上げ、「おお!」と選手が呼応する。同時に雄一が大扉を開け、選手たちが出陣していく。長嶋に付いて、雄一は螺旋階段を降りる。9年間、階段を降りながら天気や話題のスポーツなどなど、いろんな話をしてきた。

「今日で最後ですね。さびしくなります」

 感傷的になった雄一が思わず呟いた。

「お兄ちゃん、今までありがとうな。でも最後だから元気出して行こう」

 そう笑顔で告げると、たくさんのファンが待つ自動扉の前へ進む。長嶋の普段着の表情が「長嶋茂雄」へと一変する瞬間だ。雄一はそれをしかと見届けると、最後の決戦地へと向かうバスに深く頭を下げた。

【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」内の「今日は和田の引退試合だからね」甲子園で見せた長嶋茂雄“去り際の美学”…和田豊、野村克則、ホテル竹園、関西テレビの証言【2001年10月1日ドキュメント】で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。

 

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