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巨人電撃トレード張本勲⇔“放出要員2人”も江夏豊⇔江本孟紀も移籍成功だった一方で…江川卓⇔小林繁「空白の一日」は不幸な人間ドラマ
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広尾晃Kou Hiroo
photograph bySports Graphic Number
posted2025/06/30 17:08
張本勲と江夏豊。球史に残る大打者と大投手もトレード経験者である
張本は移籍1年目の76年、中日の谷沢健一と激しい首位打者争いを演じ、6糸(0.00006)差で敗れたものの、長嶋巨人初優勝の原動力となった。巨人では3年連続3割をマーク。史上最高の安打製造機の異名に恥じない活躍だった。
〈3選手の移籍先での通算成績〉
張本勲 4年
444試1605打526安
75本280点13盗 率.328
ベストナイン2回
高橋一三 8年
212登57勝54敗12S
1012回633振 率3.73
富田勝 5年
543試1961打560安
47本227点63盗 率.286
35歳で移籍した張本だが、巨人の4年間の通算打率は東映、日本ハム時代の.322を上回る.328。30代後半で通算打率をアップさせた。なお1980年、ロッテに移籍して前人未到の3000本安打を記録している。高橋一三は同姓の高橋直樹と共に日本ハム先発陣を引っ張り、37歳まで投げた。富田勝も日本ハムの正三塁手として活躍したのち、81年に中日に移籍して引退。
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この大型トレードは、移籍に関わった3人の選手が存分に活躍したという点で、大成功ではなかったか。
阪神と確執…江夏⇔“エモやん”ら2対4大型トレード
【江夏豊=江本孟紀 エース同士のトレード 1976年】
2年目の1968年にはNPB記録の400奪三振を記録するなど屈指の左腕投手として活躍してきた阪神の江夏豊。しかし73年頃から球団首脳陣や監督との確執が度々報じられるようになる。1976年1月、阪神の江夏豊、望月充と南海のエース江本孟紀、長谷川勉、池内豊、島野育夫という2対4の超大型トレードが突如発表され、ファンに衝撃を与えた。
〈江夏豊と江本孟紀のトレードまでの実績〉
江夏豊 投手 27歳 9年
424登159勝113敗14S
2401.2回2224振 率2.42
最多勝2回、最多奪三振6回、最優秀防御率1回、沢村賞1回、ベストナイン1回
江本孟紀 投手 29歳 5年(東映、南海)
163登52勝57敗
939回464振 率3.11
南海に入団した江夏は、シーズン途中から野村克也監督の判断で救援投手へと転向すると、2年目の77年には最多セーブを獲得した。「野村再生工場」で見事に再生したが、このオフに野村監督が南海を追われると、江夏も退団。以後は広島、日本ハム、西武でクローザーとして活躍。「優勝請負人」として知られる。
1984年に引退するまでに最多セーブ6回、MVPに2度輝く。広島時代の「江夏の21球」をはじめ、数々のドラマを作る。江本は阪神で、安定感のあるエースとして投げる。
232登63勝69敗19S
1039.2回666振 率3.53
6年間でこの記録を残すが、1981年「ベンチがあほやから野球がでけへん」という暴言事件を起こし、34歳で突如引退。両投手ともに、様々な話題を振りまいた野球人生だった。
江川卓をめぐる「空白の一日」もトレードだった
トレードの中には単なる「戦力補強」だけではなく、複雑に込み入った事情をはらんだケースもある。その最たるものが「空白の一日」だろう。


