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長嶋茂雄との関係「すっかり冷たいものに…」野村克也が生前に明かしていた“なぜ巨人を挑発した?”「昨日、銀座の女の子が…」長嶋と野村の会話
text by

阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byJIJI PRESS
posted2025/06/26 11:06
1990年代、野村克也が率いるヤクルトと、長嶋茂雄が率いる巨人はライバル関係にあった
野村の挑発「長嶋との間は冷たい」
私がスワローズの監督に就任したのは1990年。若くて有望な選手はいたが、低迷が長くつづき、観客動員が落ち込んでいた。その打開策を相談された私は、ジャイアンツを標的にすることを提案した。特に長嶋が監督に復帰した93年からは、意識して「口撃」の対象にした。
「私がジャイアンツを口撃すれば、マスコミはかならず大きく取り上げるし、ファンも注目する。ここはあえてやってみましょう」
スワローズはオーナーが「ジャイアンツが1位、ウチが2位が理想」などといったこともある球団で、私のやり方には批判も多かったが、当時の相馬和夫球団社長の英断で、私はジャイアンツを標的に、試合でも、メディアの前でも激しくぶつかっていった。
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「今日は相手の采配で勝たせてもらった」
「長嶋カンピュータに理詰めのID野球が負けるわけにはいかない」
そんな言葉が見出しになり、ファンは沸き、球場も盛り上がった。私のねらいは功を奏したわけだが、おかげで、それまでは特に悪くなかった長嶋との間はすっかり冷たいものになってしまった。長嶋ばかりか、テレビのリポーターをしているお嬢さんの三奈さんにまで愛想づかしされたのにはさすがに閉口した。

