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長嶋茂雄が猛批判された日「清原に送りバントはねえだろう」巨人オーナー・渡辺恒雄は疑問も…清原和博は長嶋から“1本の電話”「この人には敵わない」
posted2025/06/06 06:02
1996年11月24日、巨人に移籍した清原和博と握手する当時監督・長嶋茂雄
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岡野誠Makoto Okano
photograph by
KYODO
1996年オフ、長嶋茂雄監督に「僕の胸に飛び込んできてほしい」という言葉を掛けられ、FAで巨人に移籍した清原和博が近年、プロ野球の試合で解説を務めると、たびたび出てくる話がある。
忘れもしない甲子園での“犠牲バント”である。昨年8月27日のヤクルト対巨人戦(神宮)、4回表に投手の山﨑伊織が犠打を決めると、現役時代のバント経験を聞かれて「長嶋監督の時に。打点王争ってたのに、ノーアウトランナーセカンドで」と即答した。
勝負強い清原に“まさかのバント指示”
2001年前半戦、巨人はヤクルトと首位を争っていた。原動力は「5番・ファースト」で勝負強さを発揮する清原だった。だが、7月17日の阪神戦(甲子園)、同点の8回表に先頭の松井秀喜が二塁打を放つと、長嶋監督はこの日2三振の清原にバントを命じる。試合後、ミスターはこうコメントした。
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〈あそこはどうしても1点という場面だった。清原は今日(タイミングが)合っていなかったから。清原といえど悪ければ、フォア・ザ・チームだから〉(2001年7月18日付/日刊スポーツ)
巨人は1死三塁の好機を作ったが、6番・高橋由伸は平凡なセカンドゴロ。7番・元木大介が敬遠され、8番・阿部慎之助の代打・清水隆行は一塁線に鋭い当たりを放つも、八木裕に好捕されて無得点に終わる。9回表、巨人は2死満塁のチャンスで、清原を迎えた。しかし、空振り三振。その裏、リリーフの條辺剛が上坂太一郎にサヨナラヒットを打たれ、大事な一戦を落とした。
〈3割打って、打点トップの打者にバントをさせるんだから由伸が決めなきゃなあ。清原はよく決めた。見事だった。立派だった〉(2001年7月18日付/日刊スポーツ)
評論家もナベツネも批判「信頼が壊れる」
長嶋監督は称えていたが、清原のコメントからは不満の様子が伝わってくる。

