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「最初はBチームの練習にもつけなくて…」東大受験も勧められた早大“一般入試の星”が「5000m15分台→3度の箱根駅伝出場」にたどり着いたウラ話
text by

和田悟志Satoshi Wada
photograph by(L)Yuki Suenaga、(R)NumberWeb
posted2025/02/23 11:01
箱根駅伝で3度10区を走った早大4年の菅野雄太。高校時代は学業成績も優秀で、悩んだ末に東大も受験したという
「4年間で一度でも箱根駅伝を走れれば上出来」と思っていたものの、どれだけ努力を重ねればそこに辿りつけるのか想像が付かなかった。もちろん1年目は箱根駅伝のメンバー争いに絡むことができず、箱根当日は6区の付き添いを務めた。
その箱根駅伝で早稲田は13位に終わり、シード権を逃している。ただ、自チームの結果にもかかわらず菅野には遠い出来事のように感じられていたという。
「シード落ちという結果を重く受け止めず、“落としちゃったか”“来年度は予選会からか”ぐらいに感じていました。実力的に箱根駅伝までの距離が分からなかったので、当事者意識すら湧きませんでした。
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それに、あの年はコロナで(フィニッシュの)大手町には2人しか入れなかったので、6区の選手を送り出すとすぐに寮に帰りました。だから余計に実感が湧かなかったのかもしれません」
ただ、1年目の6月ぐらいからはなんとかBチームの練習に付いていけるようになっていた。その後も着実に練習を積み上げていた。
「高校時代と比較して練習量が増えたし、自分よりレベルの高い人たちと一緒に練習をすることで、追い込む機会も増えました。1年生の1年間は、自身の伸びしろを最大限に生かすことができたと思っています。それに加えて、日頃からセルフケアを徹底していたので、長期離脱をすることなく練習を継続できました」
地道に成長…結果を出した1年目の学生ハーフ
その成果は1年目の終わりに現れる。
3月の日本学生ハーフマラソン選手権で、菅野は1時間4分31秒で82位という結果を残した。この数字だけでは読者にはピンとこないかもしれないが、大学生世界一を決めるワールドユニバーシティゲームズの日本代表がかかったレースで、箱根駅伝で活躍した選手をはじめ500人近い大学生ランナーがこの大会に出場していたのだ。
菅野にとって2桁順位は上々と言って良かった。そして、それはその後のブレイクを予感させる走りでもあった。
<次回へつづく>

