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「悲鳴に近い歓声が…」春高バレーの歴史を変えた“無名の1年生エース”柳田将洋の出現…“天才セッター”関田誠大と悲願の全国制覇
posted2025/01/04 17:01
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph by
Kiyoshi Sakamoto/AFLO
いよいよ、春高バレーの季節がやってくる。
大会を盛り上げてきた名勝負や名選手の数々――無限に広がる記憶の中で、今も色濃く残るシーンがある。
2011年1月の第63回大会。男子・準決勝を終えた直後の出来事だ。
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「今、大丈夫です。話せますよ」
大会連覇が途絶えた東洋高校のキャプテンは、いつ声をかけようかと気後れしていた報道陣に向け、自ら切り出した。それが当時高校3年生の柳田将洋だった。
「どこの高校が強いとか理解してなかった」
柳田を春高で初めて見たのは2009年。当時はまだ無名の1年生。だが、美しいフォームから強烈なスパイクを放ち、ノーシードから優勝候補を次々と撃破する東洋高の原動力になった。準々決勝でこの大会を制する都城工業高に敗れたが、大会が進むにつれて柳田を囲むカメラの数や記者の数、そしてスタンドの声量はふくらんでいった。
原点となった大会を柳田はこう振り返っている。
「関心がないといえば語弊があるかもしれないですけど、どこの高校が強いとか、理解していなかったんです。だからとにかく目の前の一戦、一戦を必死にやるだけ。まずは初戦を勝つことでめいっぱいだったので、後になってから(都城工のOB、長友)優磨さんから『優勝候補を次々倒してくれたから助かった』と言われたんですけど、僕には全然、そんな意識はなくて。そうだったんだ、って終わってから知りました」