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「こんなに苦しいなら辞めちゃった方が楽じゃん」ヤクルト・奥川恭伸が明かす復活までの壮絶な日々…見知らぬ人に手術を迫られ中傷も「あの涙の意味は」
 

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横山尚杜(サンケイスポーツ)

横山尚杜(サンケイスポーツ)Naoto Yokoyama

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photograph bySANKEI SHIMBUN

posted2024/07/12 11:02

「こんなに苦しいなら辞めちゃった方が楽じゃん」ヤクルト・奥川恭伸が明かす復活までの壮絶な日々…見知らぬ人に手術を迫られ中傷も「あの涙の意味は」<Number Web> photograph by SANKEI SHIMBUN

復活星を挙げ、ヒーローインタビューに思わず涙を流すヤクルト・奥川

「投げやりになって『もういいや。手術しよう』と思ったタイミングで先生から『良くなりますよ』と心配するメッセージが来たり、状態が思わしくなくて自分から(手術)やるしかないんじゃないですか、と訴えかけることもしたりしました。手術についてもいろんな手法、選択肢を提案してくれて、それでも手術しなくても治ると言い続けて、無理して治療やリハビリの時間を割いてくれました」

 その大阪で復帰戦を迎えたことも「何かの縁だと思います」。感謝の思いは腕を振って伝えた。

 聖域の死守。奥川が復帰登板で成し遂げたことだ。この2年間奥川にまつわるすべてに悪意ある刃が向けられ、奥川とその周囲は針の筵(むしろ)と化した。見知らぬ人に手術を迫られ、事実の欠片もない両親への中傷、自分が何者か分からなくなるほど追い込まれた。

向けられた誹謗中傷の刃

 全員の名誉を守り、自分を証明するためには、球団事務所で引退を伝えるわけにはいかなかった。一軍のマウンドに戻り、勝つしか手段はなかった。復活を示せなければ奥川の思いは奥川だけに留まり、振り返ることも拒否し徐々に記憶から消滅していたはずだ。何度でも這い上がろうと思えたのは自分自身、家族、周囲の支え――聖域だけは死守すべきだと本能が訴えかけたから。無意識に涙がこぼれたのは、誰にも犯されたくない空間を守り抜いた達成感にも思えた。

 自分にしか分からない感覚がある。「最近は深夜に行くサウナが好きです」とパッと明るく表情が切り替わる。この2年で新たにできた奥川の趣味だ。「深夜って空気が澄んでいていいですよね。7時、8時の空気と深夜の空気はまた違う。今はサウナ入って外気を浴びる時間が好きです」。“ととのい椅子”とも呼ばれるリクライニングチェアでくつろぐと、タワーマンション群が目の前にそびえる。

今だから分かる「勝利の意味」

「マンションの頂上で青色とオレンジ色のライトが点で光っているんです。それと空を見ながら、何か懐かしいなって。石川にこんなタワマンなんてないし、石川で空見た記憶もないんですけどね。誰にも分かってもらえない感覚ですけど、なぜか惹かれるんですよね」

 ノスタルジックなこの感情も奥川だけの聖域だ。「そこでボーッとしている時間が好きです。今はそんな状況をつくるほど悩んだりしないんですけどね」と話す笑顔は屈託がない。京セラドームのマウンドは人生で一番緊張したという。この登板の意義を奥川は実感を込めて言う。

「ようやくいろんな人にひとつ、恩返しができた。それしかなかった。勝つ理由はそれしかなかった」

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