「広岡達朗」という仮面――1978年のスワローズBACK NUMBER
長嶋茂雄が「どうしてこんなことばかり」と嘆いた大乱闘…堀内恒夫からの顔面死球で「バッターとして終わった」ヤクルトの大明神・伊勢孝夫の告白
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byNumber Web
posted2024/06/07 11:02
ヤクルト初優勝時のエピソードを鮮明に記憶していた「伊勢大明神」こと伊勢孝夫。79歳になった現在も精力的に指導を行っている
「あれはね、たまたまですよ(笑)。あの日はたまたま近鉄の二軍が広島に来ていて、昔一緒にやっていた仲間がコーチになっていて、広島市民球場まで見に来てくれたんです。まぁ、それがあったから打てたというわけじゃないけど、たまたまですよ」
本人は「たまたまです」と謙遜するが、78年シーズン前半戦、伊勢の快進撃はさらに続くことになる。
長嶋茂雄も困惑「どうしてこんなことばかり…」
続いて6月3日には阪神タイガースの江本孟紀からサヨナラの口火となるレフト前ヒットを放ち、14日にはカープの外木場義郎から逆転サヨナラヒットも記録した。さらに18日には読売ジャイアンツ・小林繁から土壇場で同点に追いつくタイムリーヒット。5月22日から6月3日まで5打席連続代打ヒットを記録している。
「外木場から打ったのは秋田でしたね。“あっ、アカン”いうて止めたバットに当たった打球がたまたまライト線に飛んでサヨナラになって。古葉(竹識)さんは“またしてもお前にやられたー”って言ってましたね(笑)」
何もかも順調に推移しているかのように思われた。しかし、ここで伊勢に試練が訪れる。7月10日、神宮球場で行われたジャイアンツ戦のことである。マウンドにはエースの堀内恒夫が立っている。このとき伊勢は顔面に死球を受けたのである。
「この日は大変な試合やった。まず、こちらがシピンにデッドボールを与えていきなり乱闘。そして大杉が自打球を顔に当てて途中退場。その後、ワシがファーストを守っていたんだけど、今度はワシが左の目の下にデッドボール。それでまた乱闘。ホームベースに倒れていたときに、相手ベンチから長嶋(茂雄)さんが出てきて、“どうして、今日はこんなことばっかり起こるんだ?”って言っていたのを遠くで聞いていた。そんなことを覚えていますよ」
試合途中、神宮球場近くの慶応病院に運ばれた。するとそこには顔を腫らした大杉の姿もあった。「顔は大きく腫れ上がり、鼻もバカになっていたよ」と伊勢は振り返る。その後、しばらくの休養期間を経て、一軍に復帰する。しかし、なかなか本来の調子を取り戻すことはできなかった。