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8年間で一軍登板ゼロ、怪我に泣いた巨人ドラフト1位が戦力外通告を受けた日「ホッとしました」「最後のマウンドは投げられる状態じゃなかった」 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byKoji Asakura

posted2024/05/13 11:01

8年間で一軍登板ゼロ、怪我に泣いた巨人ドラフト1位が戦力外通告を受けた日「ホッとしました」「最後のマウンドは投げられる状態じゃなかった」<Number Web> photograph by Koji Asakura

巨人でのルーキーイヤー。豪快に投げ込む辻内

 夏前にはほぼ、現役引退を決めていたという。最後の登板は8月31日、二軍と帝京大学とのプロ大学交流戦だった。1イニングを1安打無失点。ストレートの球速は120km台だった。試合が行われたジャイアンツ球場のスタンドには、チームメートの姿もあった。おそらく、最後の勇姿。仲間たちも、それを感じていたからだ。

「みんなからは、『引退試合だぞ』、『散ってこい!』と送り出されました。実際はまだリハビリの途中で、投げられるような状態じゃなかった。ある程度覚悟して『行ってきます』とマウンドに向かいました。スピードも全然出てなかったけれど一生懸命投げた。ああやって投げさせてもらえる機会を作ってもらえたことにすごく感謝しています」

「ホッとした」戦力外通告

 10月1日。辻内さんはその日を清々しい気持ちで迎えたという。ジャイアンツ球場での練習前にマネージャーに呼ばれた。戦力外通告だった。

「呼び出されて“あ、きたな”と思った瞬間にすごく肩の力が抜けたんです。何かホッとしたというか、そんな感情でした。だからみんなに『ありがとうございました!』、『また会いましょう』という感じで明るく挨拶回りができた。トレーナーの方々には本当にお世話になりましたし、チームメートはじめ、プロ野球選手でなければ話すこともなかった色々な方と出会えたことが自分の財産になっています」 

 8年間のプロ野球人生を終えた辻内さん。清々しい思いで踏み出した第二の人生には、まだ、波瀾万丈が待っていた。

〈続く〉

#3に続く
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