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《衝撃動画》前田日明ブチギレ“伝説の控え室ボコボコ事件”…“被害者”坂田亘の対戦相手は何者だった? 本人が証言「前田さんにホメられた話」
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph byTokyo Sports
posted2024/04/21 11:02
前田日明“伝説の控え室ボコボコ事件”の1995年5月20日。坂田亘(上)と対戦する鶴巻伸洋。この試合後に事件が起きた
さらに、1993年4月30日には、リングスにも参戦する。「リングス実験リーグ」、対戦相手は長井満也で、結果は3RTKO負け。9月10日には同じく「実験リーグ」のリングで山本宜久と対戦して、5RTKO負けを喫している。
「本当は4月に山本宜久と対戦する予定だったんだけど、山本選手の負傷で急遽、長井さんに変更したんです。長井さんは1週間前に、ヴォルク・ハンと試合をしたばかり。満身創痍だったはずなのに、いきなり試合開始からバシバシ打ってくるんで面喰いました。最後は打撃でTKO負け。9月の山本戦もTKO負けだったから『連敗か、だったらもうチャンスは来ないかな』って思ったんです」
しかし、12月に地元の新潟で開催されたリングス新潟大会にも出場し、総合格闘技道場・ライルーツコナンを主宰する森泰樹と対戦し判定勝ち。遂にプロ戦績において初勝利を収めるのである。
まさか…前田日明が「ええ試合やったで」
さらに、年が明けて1994年8月20日のリングス横浜大会において、ある強豪のデビュー戦の相手をつとめている。その相手こそ、のちにUFC、RIZINに参戦するなど、日本を代表する総合格闘家となる高阪剛である。
「高阪選手は年上だし、身長は180cm以上、体重も100kgを超えていて、身体も大きい。でも、それまで若手として雑用をやっていたのは僕も知ってましたから『デビュー戦の新人に負けるわけにいかない』って燃えたんです。それで、いざ試合をしたら、これが本当に強かった(苦笑)。ガッチリ押さえ込む柔道仕込みの寝技は間違いないし、立ち技も意外に上手い。何よりデビュー戦とは思えないくらい冷静で頭も切れる。結局、5RKO負けを喫してしまった。おそらくですけど、この時点で、高阪選手こそリングスの日本人選手で最強だったと思います」
いくら、その後の高阪剛が、日本人総合格闘家として確固たる地位を築くとはいえ、デビュー戦の新人相手にKO負けを喫しては、「今度こそさすがに、もうチャンスはない」と思った。
しかし、意外にも再びオファーが来た。3カ月後のリングス名古屋大会。対戦相手は同じくデビュー戦の新人である。それこそが、因縁の相手となる坂田亘だった。
「さすがに、今度もデビュー戦の相手に負けるわけにいかないので、次は先手先手で、動き回ったんです。それでも一度ヒザ蹴りを喰ってダウンを喫してしまった。それが響いて判定負け。あれがなければ……」
しかし、試合後ある変化があった。リングスを主宰する前田日明が、鶴巻の控室にやって来て「ええ試合やったで」と告げたのだ。
「あれには驚きました。前田さんがわざわざ、控室に来てそんなことを言うなんて想像もしなかった。『鶴巻君、ええ試合やったで。先手を取りにいって、積極的やったよなあ。いやあ、感心したわ』とか言って去っていったんです。実話ですよ」
それでも、デビュー戦の新人に2連敗という結果は不満足に違いなく「今度こそ、さすがに声はかからないだろう」と鶴巻は思った。
しかし、翌95年、再びリングスからオファーがあった。対戦相手はまたもや坂田亘だった。
<続く>