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「契約金0円」で西武・松坂大輔から本塁打も、わずか3年で引退…低迷期オリックスで活躍、高見澤考史の野球人生
text by
喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byJIJI PRESS
posted2024/04/29 11:04
2000年ドラフトで6位指名されオリックスに入団、2003年に自由契約となった高見澤考史
「東京ガスは大きい、っていうのが、僕には今ひとつ、働いている時には分からなかったんですね。何ていうのかな、その先のことを一切、考えていなかったというのもありましたね。東京ガスにいてどうのこうのとか、プロに行ってダメだったとか良かったとか、何か考えて、プロに入ったかといったら、そういうのがなかったんです。プロで、という声をいただいて、チャンスをいただいたことに対して、僕は嬉しくて、そんな声をもらえるのであれば、ありがたいという思いをオリックス側に伝えた、という感じでした」
25歳の選手を獲る。球団側にしても、ここから大幅に実力が伸びるということは期待しづらい。ただ、社会人での実績を考えれば、数年なら一軍で働いてくれるかもしれない。
見知らぬ男性から電話が…
つまり、そこそこの実力者を「契約金0円」で獲っておくことは、仮に思惑が外れたとしても、ダメージは小さい。そんな打算が、球団側にはあるのも事実だろう。
高見澤にしてみれば、そうした“企業の論理”も承知の上だった。
高見澤は、プロ入りの決断と同時に、入籍もしている。
新たなる人生のスタートを切った高見澤のもとに、見知らぬ男性から電話が入った。
「車を売った、という記事を見ました」
演出家を名乗る男性「どうやって球場に行くんですか?」
知り合いのツテをたどり、高見澤の連絡先を入手したという男性は「演出家」を名乗った。
「どうやって球場に行くんですか?」
「いや、何も考えていないんです。多分、歩きか自転車か、ですね」
「じゃあ、私が自転車を用意します。メーカーでこういうところを知っているので、自転車で行ってみたらどうですか?」
社会人時代の愛車を売却して、高見澤は神戸に引っ越してきていた。
おカネがないという態でいこう
「こっちの作戦だったんですけど、とことん、おカネがないという態でいこうと。中途半端だけはなくして、とりあえず、チャリンコでいいんじゃねえ、っていう話で」
ちなみに高見澤は、この縁をきっかけに、その演出家との付き合いが今も続いていると教えてくれた。
メーカーとタイアップした自転車が、高見澤のもとに本当に送られてきた。
新居は本拠地・グリーンスタジアム神戸(当時)からおよそ3キロ。自転車で走る距離としてはちょうど手頃だった。
高級車の隣に自転車を置く
漕いできた愛車を、高級車がずらりと並ぶ駐車場の片隅に置く。
そのコントラストは、もちろんテレビやスポーツ紙で大きな話題となった。
「あれはありがたかったですけどね。でも、プロのイメージじゃない。ホントは、切なかったですよ。くそー、車買うぞ、っていうのはありましたけどね」
社会人で主軸を張っていた男だから、ファームのレベルでは早々に目立ち始めた。
だから、高見澤は「契約金0円選手」の中で、最初にインセンティブの1000万円を手にすることになる。