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「世界記録は、単なる自己ベストです」“18歳で世界新記録”天才スイマー・山口観弘が指導者になって思うこと「最後は自分で決断することが大事」
text by
田坂友暁Tomoaki Tasaka
photograph by(L)JIJI PRESS、(R)Yuki Suenaga
posted2024/02/25 11:02
弱冠18歳という若さで「世界最速」の称号を得た山口観弘。その後の紆余曲折を経て、現在指導者となって思うことは…?
山口が今指導しているのは小学生がいちばん多い。彼ら、彼女らに指導するときに大事にしているのが「答えを提示しない」ことだという。
「自分の経験からある程度の道筋は示したうえで、導くようにヒントは与えます。でも、それをもとに、自分で進む道を決めてもらいたいんです。もし自分が思っていた道筋と違う道を選手が選んだとしても、それで良いんですよ。
自分で考えて出した答えに責任を持って自分から取り組む。それは水泳を辞めたあとの人生を、自分で歩んでいく力になる。水泳を通じてそういう考え方が養われていけるように、指導をしているつもりです」
インタビューをしている間、山口は常に楽しそうだった。
あのときはこうだったし、今思い返すとこうだった。今はこう思うし、こうしていきたい——。昔を懐かしむのではなく、現状に物足りなさを感じるでもなく。充実している人間の立ち振る舞いだった。
「自分で決めたことに対して、後悔はない」
「僕はプレイヤーとして大成していないから、上から目線で言いたくないんですけど……僕は自分自身のやりたいことに正直に生きてきました。だから、それに対して後悔はないんです。東洋大学を選んだことも、結果が出ていないのに社会人で水泳を続けたことも、全部、自分で決めたことですから。自分が決めたことに対して真摯に向き合ったうえで、それを貫き通す覚悟は持ってきたつもりです。
だから、自分が選んだ環境への言い訳はありません。環境って自分の心の中にあると思っています。心の環境を整えておけば、練習の環境は大差ないはずなんです」
志布志DCでは、世界記録保持者が小学生たちと同じコースに入って一緒に練習していた。プールは25m×6レーンで、水深は1m程度。もし、結果が練習環境によって左右されるのであれば、山口は世界記録を出すことはなかったはずだ。
「子どもたちには、自分が持っている熱量を大事に伸ばしてあげたい、という気持ちが強いですね」
山口は今も水泳に情熱を注ぎ続ける。
兄に追いつきたいと水泳を始めたときのように、北島康介に憧れ、倒したいと思ったときのように、世界記録を出したときと同じように。自分の情熱のありったけを、子どもたちに向けている。
そこにいたのは、元世界記録保持者ではなく、水泳に情熱を注ぎ子どもたちの成長を心から喜ぶ、水泳が大好きな指導者の姿だった。
《インタビュー第1回、第2回も公開中です》