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「井上尚弥という存在は脅威でしかなかった」“国内最強”の軽量級オリンピアンが衝撃を受けた、高3のモンスター「本当に怪物だと思うのは…」 

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杉園昌之

杉園昌之Masayuki Sugizono

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photograph byWataru NINOMIYA/PHOTO KISHIMOTO

posted2024/02/01 11:01

「井上尚弥という存在は脅威でしかなかった」“国内最強”の軽量級オリンピアンが衝撃を受けた、高3のモンスター「本当に怪物だと思うのは…」<Number Web> photograph by Wataru NINOMIYA/PHOTO KISHIMOTO

高校時代の井上尚弥。高校生で初のアマ7冠を成し遂げた怪物と拳を交えた9歳上のロンドン五輪代表・須佐勝明は「この選手は何なんだ」という衝撃を受けた

俺もプロへ行ったら…

 翌年、須佐はフライ級で自身初となる五輪の出場権を獲得。本大会では金メダルを獲得したキューバ代表のロベイシ・ラミレス(元WBO世界フェザー級王者)に初戦で敗れ、惜しまれながら2度目の現役引退を決意する。プロジムの熱心な誘いはきっぱり断った。元世界3階級制覇王者の亀田興毅からはいまだに「プロに来ていたら、すぐに世界チャンピオンになっていた」と言われるが、あのときの決断に後悔はない。

 一方、1階級下のライトフライ級で五輪予選に臨んだ井上はあと一歩のところでロンドン行きの切符を逃し、プロに転向。東洋大時代の後輩である1学年下の村田諒太もまた五輪で金メダルを手にすると、翌13年にはスポットライトが当たる華々しい世界へ。節目でグローブを吊るした男は、同じアマチュアの舞台で一緒に汗を流した仲間の背中を遠くから見ていた。

「正直、『俺もプロへ行ったら……』と思ったことはありました。嫉妬みたいなものですかね。当時28歳の僕は結婚していて、妻と0歳の子どもが一人。アマチュアで200戦以上していたので体にダメージが残っていると思ったんです。減量も苦しかったですし、プロでまた殴られてダメージを溜めてしまうと、寿命が縮んでしまうなって」

井上が本当にすごいのは…

 引退後はアマチュアボクシング界で後進の指導にあたっていたが、井上尚弥の試合は欠かさずチェックしていた。つくづく思うことがある。

【次ページ】 パンチの命中率は、ずば抜けています

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