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《30歳でのキャリアチェンジ》元日本代表・江坂任がJリーグより韓国・蔚山現代を選んで得た成長「素直に優勝は嬉しかったですが…」 

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姜亨起

姜亨起Kang Hyeong Gi

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posted2024/01/27 11:00

《30歳でのキャリアチェンジ》元日本代表・江坂任がJリーグより韓国・蔚山現代を選んで得た成長「素直に優勝は嬉しかったですが…」<Number Web> photograph by FA photos

蔚山現代でMFとしてプレーする江坂

 それでも、第17節から第19節の3試合でKリーグ初得点含む1ゴール2アシストを記録。第18節の済州ユナイテッド戦で初ゴールを決めた直後には、ホン・ミョンボ監督から「君は十分能力がある選手。もっと活躍できる」と激励もされた。

「(浦和時代の)リカルド・ロドリゲス監督や(柏時代の)ネルシーニョ監督は戦術を細かく指示する方でしたが、ホン・ミョンボ監督はどちらかと言えばモチベーターで、選手に“やらなきゃいけない”という雰囲気を促すことに長けた監督。加えて球際や1対1の局面に特化して、その部分については厳しく言う監督でした」

 現役時代、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)や柏にも在籍したホン・ミョンボ監督は、時に日本語で江坂とコミュニケーションを取り、Kリーグ初挑戦の彼を気遣うこともあったという。それでも、“ヨンビョン”だからといって特別扱いすることはなかった。

 実際、夏場以降になると再びベンチから外れる試合が目立つようになる。江坂はやや苦い顔で、当時をこう振り返る。

「自分の“局面の弱さ”が目立って、なかなかチームや監督の信頼を得られず、自分の力で出場機会を勝ち取れなかった。それが怪我から復帰してからも続いてしまって、思うように試合に絡めない時期が続いたんです」

Kリーグへの適応

 江坂がリーグ戦でベンチ外だった回数は全38節中の17試合。負傷による欠場もあったとはいえ、Jリーグ時代にこれだけ多くベンチを外れたことはない。それでも、江坂は試合に絡めない日々の中でもがき続けた。

「色々と模索するなかで、自分に足りないのは球際での強さということに気付かされましたし、ここ(韓国)ではそこも上手くやらないと信頼を得られないと実感しました。Kリーグでは球際の部分で強さを発揮するのが前提で、そのうえで自分の持ち味をプラスアルファ出さなければならない。そこの部分で適応に時間がかかりましたが、フィジカル面でより韓国のサッカーにアジャストしたことで、監督やチームメイトの信頼を得て、少しずつ出場機会も得られるようになったと思います」

 そして迎えた大邱FCとの第35節、勝てば優勝決定という大一番で、江坂は途中出場から決勝アシストの活躍を見せた。

 シチュエーションは、トップ下の位置から左サイド深くに流れ、仲間から受けたパスを左足でダイレクトクロス。ボールは山なりの放物線を描き、相手GKの頭上を越えてファーに走り込んだ味方の頭にピンポイントで合った。

 このゴールが決勝点となり、蔚山は2-0で勝利。リーグ2連覇となる優勝を決めた。アシストという形とはいえ、江坂らしい非凡なテクニックが際立った場面だった。

【次ページ】 韓国で得た成長

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