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「竹澤はもうちょっと走れると思っていた」箱根駅伝での挫折、OBの厳しい声に涙…竹澤健介が“低迷にあえぐ早稲田大”の救世主になるまで
text by
和田悟志Satoshi Wada
photograph byAFLO SPORT
posted2024/01/08 11:00
箱根駅伝で3年連続区間賞を獲得するなど、早稲田大の絶対的エースとして活躍した竹澤健介。ロングインタビューで母校への熱い思いを語った
結果は区間11位。うまく力を発揮できなかった。チームも最終区で順位を落とし13位に終わり、またしてもシード権を逃した。
「竹澤はもうちょっと走れると…」OBの厳しい声に涙
ただでさえ落ち込んでいるのに、「竹澤はもうちょっと走れると思っていた」などといったOBの声も耳に入ってきたという。感受性豊かな竹澤は何重にもショックを受け、箱根を終えて帰省する際に、新幹線の中では涙がこぼれたという。
「でも、そこで成長させてもらえたと思っています」
転んだままでは終わらないのが、竹澤という男だった。
「そういう厳しい言葉があったからこそ、“同じ失敗は絶対にしない”と思うことができました。早稲田に入れてもらって、貢献するために来たんだから、もっと競技に向き合わなきゃいけないなと思いました」
新しいシーズンに臨む前に、竹澤は頭を丸めた。それは決意の表れだった。
そこから竹澤の快進撃が始まる。1年目は同級生の佐藤悠基に圧倒的な力を見せつけられたが、2年生になってからは堂々と渡り合えるようになった。その夏のヨーロッパ遠征では、5000mで当時の日本歴代3位の好タイムをマークするなど、一躍日本のトップランナーに成長した。
そして、箱根駅伝でも快走を披露する。2年連続の2区を任されると6人抜きの活躍を見せ、区間賞を獲得した。
「あの区間賞はモグスが失速したので、棚ぼたです(笑)」
竹澤はこう話すが、1年目の反省を生かした見事な走りだった。
「(1年時は)消極的だったのが一番の反省だったので、積極的にいきました。引かずに走れたことは、僕にとっても自信になりました。駅伝は流れのスポーツ。後ろとの差を広げられ、チームの力にもなれた。区間賞を獲れても、チームが負けたら喜べませんから、一番の成功体験だったなと思います」
早稲田は総合6位となり、ようやく長く続いた低迷期を脱した。竹澤は自身の区間賞よりもチームに貢献できたことを何よりも喜んだ。
<第2回へ続く>