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“女子ハードル界のニューヒロイン”田中佑美25歳が続ける成長…パリ五輪“代表争い”への本音「陸上のいいところは他人が関係ないことですから」
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byL)AFLO、R)Takuya Sugiyama
posted2024/01/10 11:02
世界選手権出場、アジア大会で3位に入るなど、昨年躍進を遂げたハードラー田中佑美
日本女子4人目の“12秒台ハードラー”に
実業団では新たな成長を求め、筑波大の谷川聡氏に師事。サッカー、プロ野球選手のスプリント指導にも関わる名指導者として知られるが、当初は谷川氏の指導に田中の理解が追いつかず、手探りの状態から徐々にその理論的なトレーニングを吸収できるようになったと明かす。
「谷川先生は豊富な知識や色々な理論を基に指導してくださる一方、私はノリと勘と勢いでやってきたタイプ。初めは全く違う惑星の人が出会ったというくらいの言語の違いがありました。1年目(21年)はお互いが何を言っているのかをすり合わせる期間で、2年目で先生の伝えたいことが理解できるようになり、今まで使えてこなかった筋肉に刺激が入れられるようになった。それが3年目でようやく結びついたという感じです」
田中が存在感を示したのは、4月下旬の織田記念陸上だった。大粒の雨が降りしきる中、序盤は青木と福部が先行するも、田中は中盤から徐々に加速していき、トップでフィニッシュ。フィニッシュタイマーの表示は12秒97。日本女子4人目の12秒台ハードラーが誕生した瞬間だった。
彼女にとっては分岐点となったレースだが、本人は意外にもあっさりと振り返る。
「割とよかった思い出を忘れていくタイプなんです。12秒台に関しても明確に狙っていたかと言われると、常に今より速くなることを目指しているだけといいますか……。ただ、13秒0台と12秒台では周りの評価が全然違うので。その印象のほうが大きかったですね」
田中が見せた“安堵の表情”
さらに5月のGGPで12秒89をマーク。世界選手権の代表3枠を巡っては、12秒73の日本記録を持つ福部を筆頭に、12秒8台の寺田・青木・田中を加えた4選手による激しい争いが予想された。そして迎えた日本選手権の決勝、前評判通りに4人がほぼ一線でフィニッシュラインに飛び込んだ。
ゴール後、田中は一人、電光掲示板に背を向け、両膝を抱えてトラックに座り、正式結果のアナウンスを待っていた。結果は12秒96の3位。ようやく緊張の糸が解けたのか、ほっとした笑顔を見せて他の選手の輪に加わった。それは喜びの表情であり、同時に前例のない激戦を乗り越えた安堵の表情でもあった。
「後から振り返ってみるとよく耐えたなって、他人事みたいな感想が出てきます(笑)。他の方々は実績も記録もありますが、私はぽっと出なので、そういう意味では『出られたらラッキー』くらいの心持ちでしたし、気楽にいこうと思っていました。私が成功するシーズンは自分に集中できているので、自分が何をすべきで、何に緊張すべきというのを忘れないでおこうという気持ちで臨んだシーズンだったと思います」
そしてワールドランキングにより冒頭の世界選手権に出場した田中だが、初の世界大会はほろ苦いものとなった。結果は13秒12で予選敗退。世界を経験したことでその距離感が縮まったというよりは、「トップまでは遠いんだな」とその差を痛感したという。
「それまでは世界選手権に『出ている人』と『出ていない人』の二択というか、出場している選手をみんな同列のように考えていたんです。ただ実際に出てみたら、その中でも激しい階層争いがあることに気づき、世界のレベルがしっかりとグラデーションを帯びて見えるようになりました」