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「(抗議した中国選手を)責める雰囲気はなかった」アジア大会“あの不正スタート”レースを戦った田中佑美が明かす舞台裏「結局失格になったので…」 

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荘司結有

荘司結有Yu Shoji

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posted2024/01/10 11:00

「(抗議した中国選手を)責める雰囲気はなかった」アジア大会“あの不正スタート”レースを戦った田中佑美が明かす舞台裏「結局失格になったので…」<Number Web> photograph by AFLO

2023年のアジア大会に出場した田中佑美

 そう落ち着いて判断できたのは、彼女自身、高校時代に出場したアジアジュニア選手権で、一度は失格を言い渡されるも、再出走が叶い、結局失格になった経験があったからだろう。

「私の場合は、フライングしたという認識があまりなくて、音が聞こえたと思って出たんです。でも、当時は高校生だったので抗議するということも頭にはなくて、ちょっと戸惑いながら、すぐに退場したんですね。でも、係員の方に『やっぱり走っていい』と呼び止められて、結局走ったら1着だったんです。国旗を掲げて会場を練り歩いて、ドーピング検査まで受けて、それで日本チームのところに戻ったら『失格』と告げられました。

 今回のレースで言えば、最初のスタートをした後に、スクリーンに動画が流れますよね。確かにこれはフライングだなと思いましたが、そこからゴタゴタしている中で、とりあえず一本走らせるというのは選択肢としてありなんじゃないかとも思っていたんです」

繰り上げメダルへの複雑な本音

 仕切り直しのレースは、中国の林雨薇(リン・ユーウェイ)が12秒74で優勝し、呉が2着、ヤラジが3着、田中は13秒04の4番目でゴールした。だが結局、呉は不正スタートで失格に。2位以下が繰り上がり、田中は銅メダルを手にしたのだ。

 田中は「思わぬプレゼント感がありました」と微笑む半面、「自分の実力は純粋に4番だった」と繰り上げメダルに対する複雑な思いも明かす。

「自分の実力ははっきり4番だということが証明された後に、3番に繰り上げられたので……アスリートとしてはやっぱり記録、順位として走って負けたのが悔しいという思い半分と、来年を見据えた計画としては、ポイントを上積みできてよかったという気持ちもありました。ただ、走って4番だった事実は、メダルがあっても無くても変わらないというか……走って3番以内に入りたかったという気持ちのほうが強かったですね」

「呉選手を責め立てるような雰囲気はなかったです」

 このフライングを巡る前代未聞のドタバタ劇に一番翻弄されたのは、決勝を走った選手たちだろう。だが、レースを終えた選手たちの間に苛立ちや陰りはなく、むしろ温かい空気が流れていたことに、田中は感銘を受けたようだ。

「待機場所に戻って荷物を受け取ってから、パソコン画面に正式結果が映し出されるのをみんなで見に行ったんです。私の名前が3番に入った公式結果が出たら、周りの選手たちもワーッと喜んでくれて。すごくいい空気だなと思いました。

 その後、呉選手はヤラジ選手に『来年はまた私強くなるから』みたいなことを話していて、私とも色々喋ってくれました。彼女は英語があまり得意ではないそうで『私英語喋れないの、秘密よ』ってすごく可愛らしい感じで伝えてくれて(笑)。呉選手本人が当たり散らしたり、沈んでいたりしたら、周りも困ったでしょうけど、本人がカラッとしているので、そこまで責め立てるような雰囲気はなかったですね」

 世間では、呉が明らかなフライングを犯したにも関わらず、ヤラジの抗議に相乗りした行動に対して、懐疑的な意見も多くあがっていた。田中自身は、いちアスリートとして、あの抗議をどのように受け止めていたのだろうか。

【次ページ】 田中が触れた呉の“チャーミングな素顔”

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