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「(抗議した中国選手を)責める雰囲気はなかった」アジア大会“あの不正スタート”レースを戦った田中佑美が明かす舞台裏「結局失格になったので…」
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byAFLO
posted2024/01/10 11:00
2023年のアジア大会に出場した田中佑美
「レース前はあえて細かく見ないようにしていたので何とも感じませんでしたが、確かに難しいところではあるなと思います。彼女は本当に人気のある選手で、背負っていたものも大きかったのではないでしょうか。初めは素直に認めて退場しようとしたけれど、一縷の望みがあるならと、抗議に乗っかった気持ちも分からないことはない。
それで記録が認められたならスポーツとしてフェアではないですが、結局失格になっているので、彼女の気持ちも、一緒に走ったメンバーとしては汲めるなと思います」
田中が触れた呉の“チャーミングな素顔”
そう呉の気持ちを慮るのも、同じ舞台で戦った同志であり、彼女の人柄に触れたからだろう。選手村の食堂ではこんな一幕もあったという。
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「呉選手は親御さんらしき方と一緒にいて、私は混成競技の選手たちとご飯を食べていたんです。その子たちは『可愛いから一緒に写真撮りたい!』とはしゃいでて(笑)。彼女はどんよりした様子だったので、それで話しかけるのもどうなんだろうと躊躇したのですが、『本当にごめんね、この子たちが写真撮りたいって』と思い切って声をかけたんです。
彼女はしょんぼりしながらも『もちろんよ』って快く応じてくれて。喜怒哀楽が豊かでいい子なんだなと思いましたし、チャーミングな人柄だからこそ、中国でも愛されているんだろうなって感じました」
実は田中はレース前、中国メディアで「呉のライバルになり得る存在」としてクローズアップされていたという。本人は知らなかったようだが、「だからなんですね」と笑いながらこう言った。
「実は予選が終わってから、一度だけ中国メディアの取材を受けたんです。記者の方から『中国のお気に入りの食べ物は?』とか聞かれて(笑)。私は『白い丸いやつ。あんこが入ってたらなお良しです』って答えました」
今回の騒動で感じた「海外選手の自己表現」
田中は実直に言葉を紡ぎながらも、時にお茶目な一面ものぞかせる。それが彼女の魅力だろう。アジア大会は、中国勢のふたりに対する期待をひしと感じたことで、アスリートとしてのメンタリティを考え直すきっかけになったという。
「彼女たちは世界陸上をおいても何よりこの大会に合わせてきたなというのはすごく感じました。ある意味、世界大会よりプレッシャーがかかる場面でも力を発揮できるのは彼女たちの強みだし、注目されることをエネルギーに変えて、あの明るさを保っているので、それは目指すべきところだなと思います。
私自身は人の目を気にするタイプで、どちらかと言うと守りに入ってしまう性格ですが、海外の選手たちはもっとパワフルに自分を表現しています。実業団選手として会社に所属しているので、もちろん会社員としての価値観を大事にしつつ、アスリートとしてのクレイジーな人柄も確立させて、それを上手く使い分けていきたいですね」
《異例のハプニングに巻き込まれるも、冷静な走りを貫き、アジア大会銅メダルに輝いた田中。第2回では、そんな彼女の人柄を感じさせる、幼少期のエピソードを深掘りする。宝塚のトップスターを目指したバレエ少女は、なぜ100mハードルの舞台に舞い降りたのか。次回につづく》