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「あごが外れて…ぶらんぶらんと」161cmの伝説的ボクサーが“ボコボコにされた”世界戦「普通の人なら失神している」八重樫東の衝撃 

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森合正範

森合正範Masanori Moriai

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photograph byYuki Suenaga

posted2023/12/24 11:03

「あごが外れて…ぶらんぶらんと」161cmの伝説的ボクサーが“ボコボコにされた”世界戦「普通の人なら失神している」八重樫東の衝撃<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

世界3階級制覇を成し遂げ、2020年に引退した八重樫東。現在は井上尚弥のフィジカルトレーナーを務める

右肩に激痛…局所麻酔を打ちリングに上がった

 しかし、試合3週間前、不運が襲う。スパーリングで右ストレートを打った瞬間、激痛が走る。右肩の腱を痛めた。「またか……」。練習は中止となった。以降、スパーリングはできず、ぶっつけ本番で挑んだ。

 2011年10月24日、東京・後楽園ホール。右肩に局所麻酔を打ち、リングに上がった。右を出すのが怖い。左ジャブと足を使って試合を組み立てた。悪くない。いけるかもしれない。中盤に入り、真っ向から打ち合った。右も大丈夫だ。そう思った矢先の8回。連打を放った後、右のカウンターを浴びた。八重樫の視界からポンサワンが遠ざかっていく。「ああ……」。倒れそうだ。ふらりとする。尻餅を着く寸前で堪えた。

「やっぱり世界王者になれない人間なんだなと頭をよぎりました。そこから試合が終わるまで、どこかに落とし穴がある、とずっと思っていて怖かったですね」

 採点ではリードしている。セコンドの松本好二トレーナーから「もういくな」と指示が飛ぶ。だが、前に出てパンチを繰り出し、相手の得意な打撃戦に応じた。麻酔を打った右を何度も何度も打ち込んだ。

世界が震えた…「ベルト取りましたよ!」

 ついにこの瞬間が訪れる。10回。ポンサワンをロープに追い詰め、猛ラッシュ。ダウン寸前の王者をレフェリーが抱えた。TKO勝ちだ。散々けがに泣いた。だけど諦めなかった。試練の先にはベルトが待っていた。

 気がついたら、体の上に会長の大橋が乗っかってきた。「ワーッ!」と二人で叫んでいた。そして、トレーナーの松本に言った。

「松本さん、黒いベルト取りましたよ!」

 松本が現役時代、3度挑んでも手にすることができなかったWBAのベルト。八重樫がけがで苦しんでいるとき、ずっと「大丈夫だよ」と言い続けてくれたトレーナーに、それをプレゼントできたことが嬉しかった。

 この試合は海を越えて評判を呼び、米大手のスポーツチャンネル「ESPN」が2011年の年間最高試合に選出するほどだった。

「ありがたいですよね。アメリカってほとんどミニマム級の選手がいない。なかなか相手にされない階級。それが日本での試合を見てくれて選ばれた。嬉しかったですね」

 王座奪取の後、水面下ではビッグマッチへと動き始めていた。

〈つづく〉

#2に続く
「目がふさがった状態で…壮絶な打ち合い」日本人が思わず感情移入した…八重樫東と井岡一翔“あの激闘”の真実「負けたのに周囲の反応が」

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