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井上尚弥19歳のデビュー戦で受けた衝撃「精神面からして規格外」「助けられました」…レフェリー中村勝彦が語るもうひとつの『怪物に出会った日』
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:05
2012年10月2日、プロデビュー戦を4回KO勝利で飾った井上尚弥。同試合を裁いた中村勝彦レフェリーも“規格外のスケール”を感じていた
大学卒業後、大手銀行に勤め、26歳から東京・目黒のバトルホーク風間ジムに通い始めた。長らく練習に励み、もっとボクシングに深く関わりたいと考えていた。そんなとき、ボクシング専門誌で「JBC、スタッフ募集」という記事が目に留まる。39歳でJBC公式審判員のライセンスを取得し、40歳で初めてレフェリーとしてリングに上がった。
誰よりも近くで選手の息づかいを感じ、常人とは思えない、ボクサー特有の凄みと遭遇した。選手がクリンチした際に「ブレイク!」と声を掛け、間に入って両者を分ける。
「上半身をグッと引き離すことがある。そうするとね、鼓動が伝わってくるんです。凄く速いんです。心拍数が170とか180だろうなと思うくらい速い。そこからもっと激しい動きをして上げていく。ずっと動き続けて10ラウンド、12ラウンド闘うんですから、同じ人間とは思えないです」
ボクサーの執念を感じることもある。ボディブローを食らった選手から大きな声が漏れた。嘔吐しそうになっている。だが、表情は一切変わらない。たとえ声が出てしまっても相手にダメージを悟られまいと、効いた素振りを見せない。そんなことは日常茶飯事だ。
ある試合では、横殴りのフックを浴びた選手が口から流れるように血を吐いた。ラウンド間のインターバルでドクターに診てもらう。
中村が振り返る。
「あごが折れてしまって、奥歯が口の真ん中までずれてきちゃっているんです。出血も酷いし、顔の形相も変わっている。それでも、選手は『やる。やらせてほしい』と試合を続けたがるんです。情に流されず、私は試合を止めました。トレーナーから『あそこで止めてもらって良かったです』と言われたくらい。その後、選手はあごの手術をして再起しました。恐怖心が残らないのかなとこちらが心配しちゃう。本当にボクサーは凄いと思います」
尊敬の念を抱き、リングに上がっている。
<続く>