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井上尚弥19歳のデビュー戦で受けた衝撃「精神面からして規格外」「助けられました」…レフェリー中村勝彦が語るもうひとつの『怪物に出会った日』
posted2023/11/17 11:05
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
「あのときと同じだ」ドネア戦で蘇った“ある記憶”
この日は「出番」ではなかった。
2019年11月7日、中村勝彦は東京都内にある自宅のリビングで寛ぎながらテレビをつけた。こうやってリラックスしてボクシングを見ることはもうほとんどなくなった。白いワイシャツに黒い蝶ネクタイを身に着け、リングに上がる。もしくは、リング下で採点をつける。日本国内のプロボクシングを統括する日本ボクシングコミッション(JBC)の公式審判員、いわゆるレフェリー・ジャッジとなってから15年が過ぎていた。
画面の中では井上尚弥とノニト・ドネア(フィリピン)が向かい合っている。
バンタム級のWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)決勝。2回に井上がドネアの左フックを浴びると、中村は画面に向かって「ああ……」と声を漏らした。井上の右目の上が大きく切れ、「凄いな、さすがドネアだな」と感心する。
「怪物」と呼ばれるボクサーのプロデビュー戦を含めて2試合を裁き、1試合ジャッジを務めた。これまで見てきた中で、最大のピンチに思えた。傷を負いながらも挽回し、ポイントを重ねる井上。「この選手は本当に凄いな。このままいくかな」と予想していると、9回に右ストレートを浴びた。井上が堪える。ラウンドが終わると「はあ……」とため息が出た。1人のテレビ視聴者として、惹きつけられていた。
11回。井上が左ボディを放つと、ダメージを受けたドネアが2、3歩小走りしてからくるりと背中を向けた。すると、レフェリーのアーネスト・シャリフ(米国)は井上に体当たりして進行方向を塞ぐ。ドネアは赤コーナー手前でしゃがみ、両手をついてダウンした。
「あっ、あのときと同じだ」
中村の脳裏で、テレビの中の動きと7年前の東京・後楽園ホールでの記憶が重なった。