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井上尚弥19歳のデビュー戦で受けた衝撃「精神面からして規格外」「助けられました」…レフェリー中村勝彦が語るもうひとつの『怪物に出会った日』
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/11/17 11:05
2012年10月2日、プロデビュー戦を4回KO勝利で飾った井上尚弥。同試合を裁いた中村勝彦レフェリーも“規格外のスケール”を感じていた
レフェリーが驚嘆した井上尚弥19歳のプロデビュー戦
2012年10月2日、リングサイドには須佐勝明、川内将嗣、清水聡らオリンピアンがずらりと並んでいた。プロに転向した一人のボクサーの門出を祝うためだった。
中村はセミファイナル前の49.0キロ契約8回戦、井上尚弥vs.クリソン・オマヤオ(フィリピン)のレフェリーを担当することになった。
「井上のデビュー戦だからね」
JBCの配置担当者から、そう告げられたが、いまひとつピンと来なかった。
「鳴り物入りで相当な選手だと聞いていたんですけど、アマチュアの詳しい成績まで承知していなかったんです。ただ、高校を卒業したばかりで8回戦デビューですからね。相手もフィリピンのチャンピオン。デビュー戦でテレビ中継もある。これはただ者じゃないなと。異例づくしで緊張というより『へまをしないように』という思いはありましたね」
リングに上がり、井上を見る。幼い顔ながら、体は19歳と思えない。ライトフライ級にしてはしっかりと筋肉が詰まった体つき。プロで何戦もこなしたA級ボクサーのようだった。
開始1分15秒。少し離れた距離から、井上は体を沈めて右ストレートを放った。相手のベルトラインの上にまっすぐ伸びていく。右構えのフィリピン王者は右腹に食らい、井上に背を向けた。
中村は驚嘆した。想定していないパンチだったからだ。
「ボディで倒すことがあったとしても、普通はね、前の手(左手)で腹にショートフックとか、短い距離で倒しますよね。だけど、彼は中間距離から右ストレートで相手の懐の奥に打った。滅多にないんですよ。だけど、もっとびっくりしたことがあるんです」
ダメージを受けたフィリピン人ボクサーが悶絶し、くるりと井上に背中を向ける。これはレフェリーとして最も判断が難しい場面の一つだった。
「ルールがないというか、いろんなことが適用できるんです。相手に背中を見せるのは『白旗』で戦闘意思なし、と判断していい。だけど、プロの興行なので杓子定規にジャッジするのもどうかと思う。流れがあって、あそこで試合を止めていいのか。かといって、相手選手が追い掛けて、無防備になっている選手の後ろや横からガンと殴ったら、事故になる可能性もある。だから、判断がとても難しい。ああいう場面ではレフェリーの存在感が問われる。でもね、どうやっても批判されると思うんです」