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井上尚弥に敗れたボクサーに「佐野君、ごめんな」…判定まで1分51秒、レフェリー中村勝彦はなぜ試合を止めたのか?「悪者になってもいいんです」
posted2023/11/17 11:06
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
デビュー戦から半年、再び訪れた“井上尚弥の試合”
井上尚弥のデビュー戦を裁いてから半年後の2013年4月12日。中村勝彦は東京・後楽園ホールで試合が始まるのを待っていた。同じくレフェリーの杉山利夫と他愛もない話をしていると、JBCの配置担当者から伝えられた。
「杉山君はプロテストのレフェリー、中村君は井上の方をやってもらうからね」
4日後の担当を告げられた。「プロテスト」とはロンドン五輪金メダリスト村田諒太を指し、「井上の方」は佐野友樹vs.井上尚弥を意味していた。
中村は井上のデビュー戦を思い出した。一度でも試合を裁いた選手なら、癖やパンチの軌道、タフネスさなど特徴を覚えている。4回KO勝ちで鮮烈に飾ったプロ初戦。あれから約半年。プロ3戦目となる井上の試合を再び裁くことになった。
「あのデビュー戦だから、相手をのみ込んでしまうんだろうな」と思った瞬間、「佐野選手だってアマチュアでやっていたし一筋縄ではいかないかもな。ボクシングは何が起こるか分からない」と心の中で打ち消した。
試合当日となる4月16日、東京・後楽園ホールは熱気に満ちていた。村田の公開プロテストと、井上の初となる日本人対決。日本ボクシング界の未来を担う興行だった。
リングに上がった中村は手首と足首をほぐしながら、いつもよりスポットライトが当たっているのを感じた。光で照らされる神々しいリング。ノーテレビの後楽園とはリング上に漂う空気が違う。
「熱いな。テレビ中継なんだな」
フジテレビが生中継していることを改めて実感した。試合前、ボクサーの特徴や癖をもう一度思い出す。圧巻だった井上のデビュー戦。佐野の試合ではジャッジを務めたことがある。2人の印象が頭にインプットされた。