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「早く引退してミット持ったれ」「脳がむくんでいるよ」崖っぷちから手にした世界のベルト…ボクサー石田順裕が“世紀の番狂わせ”の主役になるまで
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byJIJI PRESS
posted2023/11/12 17:01
“最激戦区”の中量級でWBA世界スーパーウェルター級暫定王者に輝いた石田順裕。波瀾万丈のボクシング人生をロングインタビューで振り返る
苦難を乗り越え、34歳で世界王者に
大東戦で判定勝ちを収め、長いトンネルを抜け出したかに見えた。ところが、試練はまだ終わらない。2試合後、3度目となる日本タイトルマッチでクレイジー・キム(金山俊治)に惜敗。ポイントでリードしながら、6回に喫したダウンから崩れてしまった。
「ああいう倒され方をしたのが初めてで、ショックというかビックリして、気持ちがポキッと折れてしまって……。ハートの弱さが出ました。そのあと病院で『脳がむくんでいるよ』と言われ、引退も考えました。でも、やっぱり悔しくて、ここでは終われない、もう一度チャレンジしたい、と」
石田は「自分を変えたい」と思いながらリングに上がり続け、2005年に「B:Tight!(ビー・タイト)」という新設された賞金トーナメント戦に出場して優勝。06年にようやく日本タイトルを獲得し、2度の防衛を成功させる。
そして09年8月、マルコ・アベンダーニョとの決定戦を制してWBA世界スーパーウェルター級暫定王座を獲得。プロ入りから9年の歳月をかけ、デビューしたときには考えもしなかった世界王者に輝いた。年齢は34歳になっていた。
「うれしかったんですけど、周りの人たちが苦労してチャンスを作ってくれたのが分かっていたので……。どちらかといえば、ホッとしたという気持ちが強かったです」
そう振り返る石田は初防衛に成功後、WBA世界スーパーウェルター級の正規王座をかけ、メキシコでリゴベルト・アルバレスと対戦し、1-2判定でベルトを失った。苦難を乗り越えて世界をつかんだキャリア、そして年齢を考えれば、みなが納得する“引退のタイミング”だった。
このとき、石田のボクシング人生がここからダイナミックに動き出そうとは、だれも想像していなかった。
<第2回に続く>