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藤井聡太は「むしろ負けてよかった」…師匠・杉本昌隆がそう振り返る一局とは?「将棋の神様が、わざと勝たせなかったのだろう」
posted2023/12/23 06:04
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph by
Keiji Ishikawa
今年10月、将棋のタイトル八冠すべてを手中に収めた藤井聡太。八冠となるまでのタイトル戦の対局で、師匠・杉本昌隆が「負けてよかった」と振り返る一局がある――。著書『藤井聡太は、こう考える』(PHP研究所)より抜粋して紹介する。(全6回の4回目/初回は#1へ)
名人戦の選択の布石
タイトルは、守るほうが難しい。挑戦して獲れないことよりも、防衛戦で獲られてしまうほうがはるかに悔しいと聞いたことがあります。
2023年の第八一期名人戦でいえば、防衛側の渡辺明名人と挑戦者側の藤井竜王との間では、同じ七番勝負でも背負っていたものがまったく違っていたはずです。三期にわたり名人を保持し続ける渡辺さんが、全局を通して非常に工夫を凝らした様子─―「角換わり」(将棋の代表的な戦法の一つ。序盤で角を交換する。互いに角を手持ちにしているため角の打ち込みに気を配りながら駒組みを進める)の形を徹底して回避する作戦に出たことからも、それは明らかでした。
角換わり、とくに先手番角換わりが非常に優秀な作戦であることは、現在の将棋界では共通認識ともいえます。先手番となった場合に、渡辺名人自身がこの角換わりでいくこともできました。
ところが、渡辺名人はこれを採用しなかった。
採用しなかった裏には、二カ月前の第四八期棋王戦コナミグループ杯、やはりそのタイトルを一〇期守り続けた渡辺棋王に藤井が挑戦するという構図での対戦がありました。
その時の全局角換わりの四局が、名人戦での角換わりを選択しないということに繫がったのかもしれません。
渡辺の勝利に「少しほっとした」
藤井が負けた棋王戦第三局では、渡辺さんの作戦が一枚上手でした。最終盤で一瞬だけ藤井に勝ちの局面があり、それを逃してしまっての敗戦でしたが、私からすると、あれはむしろ負けてよかった一戦でした。