将棋PRESSBACK NUMBER

「20歳で高校同級生と結婚」86歳で死去・加藤一二三…神武以来の天才は10代から大物すぎ「勝ち過ぎで一度将棋をやめた」「対局翌日は名曲喫茶」

posted2026/01/29 06:03

 
「20歳で高校同級生と結婚」86歳で死去・加藤一二三…神武以来の天才は10代から大物すぎ「勝ち過ぎで一度将棋をやめた」「対局翌日は名曲喫茶」<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

「ひふみん」の愛称で愛された加藤一二三・九段。田丸昇九段が知る大棋士の人生とは

text by

田丸昇

田丸昇Noboru Tamaru

PROFILE

photograph by

Tadashi Shirasawa

86年の人生を閉じた加藤一二三・九段。将棋界きっての人気者となった「ひふみん」とはどんな人物だったのか。同じプロ棋士として長年見つめてきた田丸昇九段が追憶する。【NumberWebノンフィクション、全3回/文中敬称略・棋士の肩書と年齢は当時】

 将棋界のレジェンドの加藤一二三・九段は1月22日、肺がんのため86歳で死去した。1954年に史上初の「中学生棋士」としてプロデビュー。順位戦で4期連続昇級し、現在でも最年少記録である18歳でA級棋士となった。そうした驚異的な活躍から「神武以来の天才」と称された。加藤は82年の名人戦で中原誠名人を破って悲願の名人を獲得し、10局に及ぶ死闘は今でも語り草になっている。盤外では「ひふみん」の愛称で親しまれた。クラシック音楽と猫を愛し、旺盛な食欲でウナギを爆食したキャラは、将棋界の枠を超えた人気者となり、晩年はバラエティー番組によく出演した。

 その加藤の棋士人生を、3回にわたって振り返っていく。

5歳で覚えた将棋…一度やめたが小4で感動して再び

 加藤一二三は1940年(昭和15)1月1日、福岡県嘉麻市で生まれた。家族は両親と兄2人の計5人。一二三の名前は、1月1日生まれで「一」、生年が皇紀2600年で「二」、三男で「三」が由来だという。小学生時代は「六さん」(3字を足すと6)とも呼ばれた。

ADVERTISEMENT

 将棋は5歳の頃に自然と覚えた。近所の子どもたちや次兄と指し、ほとんど負けなかった。やがて勝ってばかりでつまらなくなり、将棋をやめてしまった。

 小学4年のときに新聞の将棋観戦記をたまたま読み、「将棋は正しい手を積み重ねていけば勝てる、理詰めのゲームなんだ」と思って感動した。将棋に再び興味を持つと、母親に「近所の将棋クラブに行ってみたら」と勧められた。

 将棋クラブに通って腕を上げた加藤は、小学6年の夏休みに京都の親類宅に遊びに行くと、将棋大会に参加して審判長の南口繁一八段に指導対局を受けた。南口は加藤の豊かな才能と落ち着いた態度を見込み、親と加藤に棋士を目指すことを勧めた。

【次ページ】 奨励会時代から大物→中学生棋士→最年少A級

1 2 3 NEXT
#加藤一二三
#升田幸三
#南口繁一
#大山康晴

ゲームの前後の記事

ページトップ